On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

言葉になる時間

 

深淵に触れたのだとおもう

深い深い自分の内側の、ずっと奥の方にある場所

 


雨雲が完全にはらわれた春のはじまりの夜空に、おおきな満月

この世界の全部を見降ろしながら圧倒的に光る

 


家族のみなが寝静まった家の二階の窓から、幾度も見上げるたびに、理由なんてつけようのない涙が溢れて溢れて、なんども湧き出してきて、止まらなくて、心地よかった

 


小手先の誤魔化しなんかじゃどうにもならない場所に触れた気がした

 


気づかぬうちに奥底のほうに少しずつ少しずつためてきた、ありとあらゆる微細な感情の積層、なのかもしれない、わからない

ただ奥から少しずつ崩れて、幾度も幾度も勢いをつけて、土石流みたいに身体から流れ落ちていくのがわかって、自己憐憫の類とはちがう、それはただ深いところからの癒しでしかなかった

 


吐き出すときは痛くて苦しい

だけどこれを止める方がもっと苦しい

もっと言うなら止めないことは気持ちがいい

吐けば吐くほど、からっぽに近づいていく身軽さに出会う

 

 

微塵もそれを止めたくないなら、ひとりでいるのがいい

泣いていいんだよって側で言ってくれる誰かはとてもやさしいけど

自分も結局はやっぱり同じくらい「やさしくしてしまう人間」だから

誰かがいるとほんの1ミリずつの単位で誤魔化してしまう

 

 

どこまでも透明になりたいとき、それはひとりきりがいちばんだ

圧倒的な自然の姿に触れる

 

 


満月のくれる静けさのなかでわたしは至福に満ちていた

胸のところにつかえていた小さくてかたくて重い塊は、とけて流されて

存在をなくしはじめている

愛する人たちに温かみのある、愛情のような感謝のようなものが湧いてくる

 

言葉で説明しすぎる必要はなく

ただ透明な言葉に変換されていく中の安堵
誤魔化すことはもうなにもない

誤魔化してしまうことがあっても大丈夫

なにが起こっても大丈夫

わたしはこの場所を知っている

何度でも辿りつけるこの場所を