On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

トリハダセンサー

いつからこんな自分になったのかはもう思い出せないのだけど、なぜか唐突に、理由もわからないまま、全身に鳥肌が立つという瞬間が、日常の中で私には、結構ある。

 

というか、多くの人に普通に、結構あるのではないかなとみてる。

 

目に見えないなにか、言葉で表しきれないなにか、を感じとる力。

 

 

 

 

鳥肌が立った時、わたしが最初に確認するのは気温。

「寒いから」という理由で鳥肌がたったのではないのかをまずは確認する。

 

「寒いから」じゃないとわかると、原因をはっきりと断定することも言語化することもできないけど、ああとにかく私は強烈に「なにか」を感じたんだな。

 

ということにしている。

 

 

 

トリハダセンサーが起動するのは、こんな場面。

 

・その時一緒にいる人と、考えや行動や最近の出来事なんかが、ぴったりとシンクロしていた時

・核心に触れたのかなという発言をしたとき&聞いたとき

・暗闇や、何もない誰もいない空間に、何かの気配を感じた時

・古い建造物や博物館を訪れたとき

・誰かの心霊現象や超常現象の話を聞いたとき

(これは、鳥肌が立つときと立たない時が半々)

・「あ、これは、くる!」って企画を立案したとき

(お父さんバンクを思いついたときは、奥飛騨の山奥で、鳥肌が止まらなくなった)

 

などなど。

 

 

先日行った縄文展

数日後から、縄文時代の竪穴式住居づくりに取り組み始めることもあって、ワクワクが溢れ出た。

だけど、同じくらい、「ゾクゾク」も出ていた。

展示会会場の気温も確認したけど、冷房のせいじゃなかった。

トリハダセンサーが見事に立っていた。

特に、重要文化財「硬玉製大珠」の翡翠の透きとおった碧をじっと見ていたとき、鳥肌と一緒に泣きたくなるような感情まで溢れ出てきて、なんだかなあと思った。

 

 

 

所謂「霊感」があるわけじゃないと思う。

いつも大体ぼんやりしてるし、何かが突出して鋭いというわけでも無いと思う。

 

ただ。

自分の今生きている世界に、唐突に、何の前触れもなく、制御のしようのない体感が、ある日突然訪れる。

 

こういう体験をするとき。

こういう話をするとき。

ちょっと楽しい。

 

スピリチュアルな分野の勉強を全然したことがないし、したいともさほど思わない。

スピリチュアルに傾倒しすぎている人の話を聞くのが苦手だったりもする。

 

 

ただ、モノやヒトを通して生まれる、目に見えない世界(?)のストーリーに、ワクワクする。想像力が掻き立てられる。

 

「目に見えない何か」を感じ取るセンサーが働いているのか、それとも、私の思い込みや想像力が働きすぎてるのか。

どちらが先なのかはもはやよくわからないけど。

 

そして、ちょっと変かもしれないけど、「目に見えない存在」のことを考えるとき、私は怖さよりも先に、なぜか「深い安心感のようなものが自分の中に生まれる」ことが圧倒的に多い。

 

 

 

 

今日も世界は不思議な場所。

 

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