On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

身体、きてます

最近、縁あって、相方くんにブラジリアン柔術を教えてもらっている。

ブラジリアン柔術って?と思った方は、

こちらご参照。相方くんが最近開いた柔術教室のサイトです。

https://www.jiu-iku.com/about-jiujitsu

 

 

 

2月くらいだったかな。初めてのレッスンで、衝撃を受けた。

これまでの人生に、全く縁のなかった文脈が、体験として飛び込んできて、混乱した。

 

それは、柔術が、力や技術を駆使して『他者を制圧することを目的にしている』ということ。

 

補足しておくと、相方くんのやってる柔術クラブは全く違う目的を持って開かれてる。

柔術の動きを使って、人間の持つ可能性を引き出すとか、コアをしなやかに強くするとか、身体の全体性を伸ばすとか。そういう目的がある。

 

だけど、柔術の技、それ自体の目的は、完全に『制圧』。

下手したら相手を殺してしまうくらいの技術。

 

 

技を習いながら、最初に湧いた気持ちは、

「なんか、やけに凹むな」

「人を制圧とか、闘うとか、そんなこと全然したくないな」

だった。

 

ところが、だ。

 

次の瞬間、事態は意外過ぎる展開を私にもたらす。

 

参加者の人たちに見本を見せるために、私が相方くんの相手役になって、技をかけられた時のこと。

 

身体の自由がなくなり、関節が痛み、ぎゅうっと首が締まる。

 

ぐうえって、おもわず声が出る。

痛くて涙がにじむ。

 

少しの悲しみの後、次の瞬間、咄嗟に私の中に湧いたものがあった。

 

それは、

 

なんと!

(´⊙ω⊙`)

 

 

 

殺意!!!💥💥💥

 

 

 

いやほんと、自分でも、「まじか!」と思いました。

 

普段、人に対して殺意を抱くことなんて、ほんっとうに、皆無と言っていいほど、ない。(というかそもそもあまり他人に関心がない)

この人あまりにク◯だなと思うような時とか、あとは自分が「あまりにだめだ〜」な時には、つい「一回死んでこい」とか、思っちゃったり言っちゃったりすることは、ある。

 

だけど、殺意ですよ。しかも相方くんですよ。

技をかけられた理由を冷静に考えれば、なんてことはないのだけど。

ただ、咄嗟に湧く感情としては、殺意。

自分を痛い目に合わせる対象に対して、ああ、私は、殺意が湧くんだなあと。

 

 

結構な、大変な、気づきでした。

 

相方くんが言うには、武道や格闘技は、やってみるとその人の本性が顕になったりするから面白いという。

試合をしてみるだけで、言葉を使わずに、その人の人間性がわかってしまうようなことがあるそうだ。

 

わかる気がする。とても。

特に「格闘技」という名のつくものなんかをやっていると、普通に平穏に暮らしていたら使わないで済む感覚が、開いてしまう気がする。

 

闘うーーー技をかけるとか、攻撃するとか、護るとか、痛みを感じるとか、駆け引きしたり、抗うとか、制圧するとか、とか、とか、、

 

多くの現代人は、頭の中だけでは、達者にそれを日常的にやってる気がするのだけど。

でっかちになった頭を一度取っ払って、身体でその行為をはじめてみたとき。

出会ったことのない自分、本能剥き出しの自分、みたいなものが、突然飛び出してきちゃっても不思議じゃなさそう。

(私が異常なまでに、良くも悪くも本能的というだけの話かもしれないけど…汗)

 

 

私は、人類の全体性みたいなものを信じているのと同時に、全然、牙もあるし、攻撃性もあるし、敵!(痛いことするから敵!)と認識した瞬間、咄嗟に排除欲が湧いたりするんだなあと。面白いなと。

 

いいも悪いもない、ただ、そういう自分がいることを認識した。

認識したからと言って、「自分で自分のことが信じられない!😭」とか、そういうのはいらないなと思っていて、ただ「認識できたこと」がとてもよかったと思ってる。

この野性味は、いい意味で、自分を守ったり、直感力を高めてくれそうでもある。

 

 

そんな自分ーーー野性味?のある自分がいることを確認してからは逆に、不思議と、抵抗なく技の習得に勤しめるようになった。

柔術を通して「他者を制圧したい欲」はその後も自分の中には生まれないのだけど、技を使うと体格の違う男性でもさほど力入れずに引っ繰り返すことができたり、技そのものの面白さ、身体の面白さに気づいていくばかりだ。

 

自分自身に潜んでいた本能が剥き出しになった姿を、目視確認&承認できて、はじめて、「本物の理性」ってものは、その人の中に育ち始めるのかもしれない。

 

 

 何より、「あ〜〜なんかこれはよくわからないけどコアに効いてる気がするぅ〜汗」という動きが柔術には多くて、なんか色々、締まってきてる気がする。

 

筋肉痛はあるけど、なんというかこれまで体験したことのある「重くて固くて嫌な感じの筋肉痛」ではないのが面白いなと思っている。

うまく言えないのだけど、柔術で得た筋肉痛は、しなやかに、痛い。

 

 

 

・自分が知らなかった自分【野性?】を認識できたこと。

・具体的に身体をずっと動かしていることで、身体の巡りがよくなってきていること。

 

 

この二つの大きな変化は、これからの自分の行動に、判断に、表現に、そして何より精神に、何か新しい、それでいて、すごくいい影響を与えてくれそうだなと思ってる。

これからが、またたのしみ。

 

 

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追記。

今日は友人の誘いで、初めてボクササイズというものを体験した。

 

1時間....

1時間だよ。

ボクシングのステップでずっと飛び跳ね続ける。前に後ろに。

それも、腰を入れて、ジャブやフックやストレートを素早く打ちながら。

 

「疲れたら、絶対、やめよう。 途中退室しよう。」

 

そう心に決めて臨んだのだけど。

 

 

アップテンポの曲が大音量で流れる中、先生の元気な声が会場に響き渡る。

汗は滝のように流れ出ている。床を濡らして、滑ってしまうほど。

数十秒の水飲み休憩は、ほんのたまに入るくらい。

 

なのに。

 

不思議なくらいにどんどん元気になっていく私がいて、むしろ身体の軽さは時間を経て上がってきているのではというほどで。

ワロタ。

まるで何か憑き物が落ちていくみたいに、爽快だった。

 

そして何より、ファイティングポーズ。この威力はすごい。

仁王立ちで、ちょっと騙されたと思ってやってみてほしい。

脇を締めて、二つの拳を顔の前で構える。

このポーズ取るだけで、なぜか肚の底から力が湧いてくる感じがある。

大げさかもしれないけど、自分の可能性をもっと信じたくなるような、そんな意欲がふつふつと湧いてくる。

 

そして1時間のボクササイズを終えたばかりの今、このブログを、あっという間にこうして書きあげようとしている私がいる。

 

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身体って、すごい。

いい変化を与えてあげると、どんどん変わる。心も、それにつられて変わる気がする。

 

もっと言うなら、最近肌感覚や味覚も敏感になってきてる感があって、そのことについてもまた別のブログで書きたい。

 

 

みずすずも、最近一緒に柔術クラブで身体を動かしているからか、ご飯を積極的にたくさん食べるようになった。表情も前よりも明るくて、人懐っこさが強くなった感がある。

 

あとは、以前は絵を描き始めると何時間でも描き続けていたのが、最近は合間合間にボールやフラフープで遊んだり、身体を動かしていることが多い。意識的にか、無意識的にかはわからないけれど。

 

母娘ともに、いい変化のときが訪れているんだな、と思う。

相方くんのおかげだな。

ありがとうね。やまぶし。

 

 

身体、いい感じにしておきたい。

巡らせておくこと。心地よくさせておくこと。

これが一番大切なことなのでは、と、実感を持って思えてきている。

 

身体、いい感じにしておくと、世界の巡りが、輝きが、圧倒的に変わる。

そんな風に感じずにいられない今日この頃。

 

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天気がいいから、茅ヶ崎から江の島の喫茶店まで自転車で。太陽の下に出たくなる。いい季節ですね☀️