On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

お父さんバンクで"よってたかって"してきた

離婚してから今年で10年たつことに気がついた。

 

離婚したばかりの頃、子どもたちに対する「お父さんいなくなってごめんね」の気持ちとか、しっかり自立しなければとか、子どもたちが1人で生きていけるようになるまでしっかり私が支えなければ、とか、とか。

 

「全部、ひとりでやります!」

気合い入ってた。

いや、正しくは、全責任をひとりで負うこと選んで、必死になってた。

 

 

家事、育児、仕事。

どれか1つだけでも、完璧にこなそうと思ったら大変。だってのに、全部を「ひとりでやる」ことを選んだ。

その上、いわゆるお父さん業ーー力仕事とか、アウトドアとか、電気工事まで(いろいろ間違えて電線を爆発させたことがある笑笑)どう考えたって専門の人に頼んだ方が良さそうな分野まで、ひとりでやろうとしていたんだから、そりゃパンクして当然だわと。今なら笑いながら思う。

 

でも究極まで大変な日々があったから、パンクした私があったから今があって、喫茶店があって、お父さんバンクが生まれた。そう思うので、1つも後悔はしていない。

全部必然だった。いま振り返れば笑える珍事件もたくさんある。

 

 

 

 

月日は流れ、健やかにゆったりと暮らしたくて三年前に開いた喫茶店。たくさんの人たちとの出会いが流れるように始まる。


ふとしたときに、喫茶店に集う人たちに、子どもたちのことを相談してみた。

「ね、ちょっとこの分野、きみ得意でしょ?ちょいと助けてもらえないかな」

「あ、全然いいよー!」

ってあっさり、むしろ嬉し楽しそうに助けてもらった。

 

「そんなの全然今世でやったことなさすぎる!だからやります!!むしろ!」的なツワモノもいた。

そんなことがスタンダードになっていく日々が始まったときには、やけに力が抜けたものだ。

 

なんだ、世界は全然優しいじゃないか。
世界を厳しいものにしていたのは他でもない私だったのか。
自分を孤立させることを選んでいたのは、他でもない自分だったのか。

 

 

妙にほっとして、力が抜けて笑って、そうしたら解けたところからぽろぽろと涙が落ちた。

大丈夫だよと、一緒に笑ってくれる人たちが自然と増えた。

 

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そして現在。

一緒に暮らす家族が増えた。

相方君とこどもたちと4人で暮らしている。

 

 

近しい誰かの世界と、私の世界が、交わる瞬間。傷つけ合うこともあるけど(正確には、自分の傷を確認するってだけなんだけど) 助け助けられ、癒し癒され、笑い合う瞬間。

魂の根幹に迫るかのような喜びが生まれる。そんな風に日々、感じている。

 

そしてそんな特別な体験は、一緒に暮らす家族の枠組みの中だけで、とどまらせておかなくてもいいのかもしれない。誰とでもいくらでも!とは少しも思わないけど、好きな人たちも素敵な人たちも世界にたくさんいるんだから、安心して、広げていったらいいんだろうとおもう。


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前置きが長くなってしまったのだけど。

最近あらためて思うこと。それは、

 

「お父さんバンク、作っておいて本当によかった…」

 

ってこと。

 

 

 

先週土曜日。
私の大好きな母娘、みゆきさんとはるちゃんに呼びかけてもらって駆けつけた、"よってたかって運動会"

 

私と、カヤノさん改め来世ヒデアキ氏と、それに相方くん。3人で、中野区の小学校に応援に行ってきた。

 

一言で言うなら最高の1日だった。

 

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おじいちゃんおばあちゃんや、みゆきさんのお友達含め、はるちゃんのために集まった7人の大人達。
その集団の姿を、グランドからはるちゃんが見つけた瞬間の、びっくりした顔。その後の、恥ずかしそうな顔。だけどすごくうれしそうな横顔。

ラジオ体操しながら、含み笑いで絶対にこっち向かない感じ(笑)

ああもうほんといいな、来てよかったなとこちらまで含み笑う。

 

 

小学校最後のかけっこは、お父さん達3人+みゆきさん+みゆきさんのお友達の合計5人で、スタート地点と中間地点とゴール地点とに分かれて写真を撮りまくった。

力いっぱい走るはるちゃんが、ついに1人、群から離れて先頭でゴールを決めたときには、胸が熱くなって、なんかもう色々こみあげた。

 

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騎馬戦は、大勢の子どもたちがグラウンドで粉塵をあげて駆け回る。はるちゃんを見つけられない。だけど前もって、グラウンドの反対側でカメラを構えてくれていたメンズお父さんズが、ちゃんとはるちゃんを見つけてくれていた。

 

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白熱する子どもたち。悔しさに泣いている子もいた。すごかったね、がんばってたね。感動した。ぐっときたね…。
大人たち、各々の想いを話しながら観戦する。

 

ところで、普通の家庭だと、お父さんひとりにかかる「絶対いい写真撮ってね!」的?重圧?が重めな気がするんだけど、おかしな話かもしれないけどシングルマザーの家庭だと、こんな大勢のお父さんたちにあらゆる画角から写真を撮ってもらう、なんてこともできるんだな、と思った。

「シングルマザー」が持たれがちな[一人で大変そう]のイメージ、お父さんバンクがひっくり返していけたらいいな(笑)

 

 

 

お弁当は、取材に来てくれていた新聞社の方やあとから駆けつけたベジさんも合わせて、合計12人で食べた。
一人の女の子を囲んで。

 

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新聞社の方たちに、(新聞用に)写真撮りたいから笑ってーと言われて、誰かが不自然な作り笑いをする。それを見て結局みんな笑ってしまう。

 

はるちゃんがんばってたね。

かっこよかったね。

騎馬戦すごかったね。

みゆきさんのピーマンの肉詰め最高!

 

みんなで美味しいものを食べる。笑いながら、話しながら。

 

ああ、いいな。こういうのすごくいいな。


ただただ、幸せだった。

ただただ、喜びだった。

 



はるちゃんが、運動会終わりにみゆきさんに、

「みんなでお弁当食べられたの、楽しかった!」

と話してくれていたらしい。

 

 

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6年生気合のソーラン節。

はるちゃんは大漁旗を持ってグラウンドを駆け回った。かっこよすぎた!!!

 

 

 

ちなみにおひでさんは、昨日も長野県の小学校に応援お父さんとして駆けつけている。来世パパ、二週連続ですよ。笑

 

実は私と相方くんも、みずきの体育祭とはるちゃんの運動会と二週連続でした笑

 

でも、単純に、観戦がめちゃくちゃ楽しいから行けるし、大好きな人たちに会えるから行ける。二週連続でも行ける動機なんてそれだけだなとおもう。

 

 

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以前、はるちゃんがお母さんのみゆきさんにふとした時に話してくれたという言葉がとても印象に残っている。 

 

「うちは、安心だね。学校でいじめにあったりしても、お父さんバンクがあるから、味方になってくれる大人がたくさんいるから大丈夫だね。」

 

この話を聞いたとき。
というか、今改めてここに書いてみても。

いろんな気持ちが溢れてきて、またしてもこみ上げてくる。


はるちゃんが、その安心感を感じてくれているのなら、本当によかった。
本当にお父さんバンクを作ってよかった。

 

というかじつは、結局のところ、私は私のために、お父さんバンクを作ったんだと思う。

 

 

 

 

私が安心したかったんだとおもう。

人間はどこまでもひとり。

だけど、人との安心感のある繋がりがあるからこそ、安心してひとりなれるんだとおもう。

 

結果論でしかないのだけど、私がひとりで頑張っていた頃の辛い記憶は、はるちゃんやみゆきさんが見せてくれるような笑顔に出会うたび、癒されていっているような気がしてならない今日この頃だ。

 

 

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核家族」という枠組みの限界を感じていたし、(核家族の中でうまくいってる家族もあるから、もちろん一概には言えないけれど) 家族のあり方は、もっと、役割や枠や法律や常識なんかに囚われないところで、無数に存在していていいのかもしれない。

 

「ただ好きな人たちと、好きなだけ、一緒にいる。」

 

このシンプルな理由だけで、家族は発生したり、広がっていったらどんなにか世界に余白が、余裕が、増えるだろうかとおもう。

 

 

 

あと、天才合宿や森の学校を考案したあづみさんがよく言っていることなのだけど、子どもを育てているってだけで、地球にとって未来にとって、とんでもなく崇高な仕事をお母さんたちは既にしている。最も大切な仕事をしている。

だから、1人で抱え込むってことは至極不自然な行為なんだとおもう。言ってみれば地球や未来にとって不都合なことなんだとおもう。(未来や地球に自我はないよとか、そういうツッコミはここでは大丈夫です笑)

 

たくさんの人で一緒に育てることが、ほんとうは自然なことなんだろうとおもう。

不得意なところは得意な人に任せて、もしくは一緒にやって、自分の得意分野では誰かを助ける。これが当たり前のようにできる世界になったら、みんな安心して自分の特性を愛して、他者の特性も尊重して、より安心して生きやすくなるんじゃなかろうか。

 

 

 

お父さんがいるからとか、いないからとか。
結婚しているからとか、いないからとか。
恋人がいるからとか、いないからとか。

多分もう全然関係ない時代がくる。

安心感も幸せも人とのつながりも、誰もが自分で選んで、得ていっていい。リア充爆発しなくていいい。

 


お父さんバンクがやれることは、まだまだありそう。

いつか、倒産することーーお父さんバンクなんてなくても、助け合って補い合って生きていくことが当たり前すぎる世界になることーーを、目指して。