On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

Bm

ギターでBm(ビーマイナー)のコードを押さえるのは難しい。

左の人差し指だけで6本すべての弦を押さえ、その上で中指、薬指、小指を駆使して1つの和音を完成させる。

 

 

楽譜を見ながらギターを弾いていて「Bm」の表示を見つけると、


「あー難しいのきた」


と一瞬考える。

 


今日私は、ふとした時に、私の癖に気がついた。それは、Bmが来るたびに「あー難しいのきた」と考えて、しかもその後に続くのが、なんと

 

「どうせきれいに弾けないだろうな」

 

という予測。

瞬間的になされる卑屈な予測。

 

さらに言うなら、これまでずっと、コード譜上でこの人に出会うたび、どうやら同じ予測をしてきただろうということ。

 

案の定、ずっとずっと、Bmがへたんぴのまま。

 

 

…こわいな、と思った。その予測が、ほぼ自動的なんだもの。

 

きれいに弾ける時もあるのに。
過去に何度もきれいに弾けた経験があるのに。

それでもなお、ほぼ無意識的に「きっと次は弾けない」を採用していたなんて。

 

 

向上心。わたしにはあると思う。

だけどこういう反射的な自分の反応を、時々見つけると、驚く。

 

自分を出さないように、自信を持たないようにすることを良しとしていた遠い昔の日々のことは、まだ脳内のどこかにしっかりと染み込んでいて、思いもよらぬところで時々、これ以上前に進まぬようにといつのまにか私の両足を掴んでいたりする。

  

意識に上ってきていることなら、変えようがある。だけど意識に上ってきてすらいないこと、長年の慣習でほぼ自動的に自分がしてしまう言動については、変えることはおろか感知することすら難しい。

「まずはそれを見つけること」

そこから何もかもがスタートする。

静かな時間が、一人きりの時間が必要だと感じる。

よく自分を見つめるための、静かな時間。

 

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今できることは、「今日も一歩進んだ」と、信じること。これだけ。

小さな一歩かもしれないけど、よくやったと自分を褒めてあげること。

 


ギターを弾きながら歌うのが好きだ。

だけどBmが苦手だ。

だけど苦手なのは、「きっと弾けない」とすることを、自ら率先して選び続けてきたからだ。

 

 

私は今日、譜面上でBmに出会った時、初めて自分に問うた。

 

「どうしたら、きれいに弾けるかな」

 

 

この問いを自分の中で発動させた途端、だった。

次のストロークから、ギターはきれいに高らかにBmを鳴らした。


その次のストロークも。

そのまた次のストロークも。

 

左手は、「きっと弾けないBm」を弾くためにはもはや弦を押さえていない。


「どうにかして弾きたいBm」を押さえてくれるようになった。

 

なんだ、と。拍子抜けした。

 

自分に世界を変える気が、あるのかないのか。

それだけが、自分の世界を動かしている。

 

https://www.instagram.com/p/BjER6KTlK8Z/

一昨日の日の出開店時。無修正。