On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

言葉が遠のく

考えても考えても、言葉を出しても、出し尽くしても、

文章にまとめることができない。

 

そんな日々が続いている。

こんなことは過去に経験がなくて、戸惑っている。

 

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Instagram post by 千秋 • Mar 29, 2018 at 10:29am UTC

 

言葉に救われて生きてきたと思う。

どんなに迷うことがあっても、言葉にすれば、文章に表せば落ち着く。 

 

だけどなぜだろう

最近はそれがうまく働かない。

 

 

 

文章を書く仕事がある。

締め切りが過ぎている。

だというのに、言葉が追いつかない。

 

描きたい、言葉に表したい想いがある。

だけど言葉にすればするほど、なんだか現実と離れるような感覚に陥る。

ふわふわと浮かんだまま戻ってこない言葉を

地上に足をつけたまま眺めているような。

 

全然すっきりしないんだ。

 

 

 

私は、身体感覚が敏感な方だと色々な人から聞く。

これに関しては比較対象が「自分」しかいないから、

ほんとうに敏感かどうかを確かめようがないのだけど、多分そうなんだと思う。

 

それでも、日々の中で出会う身体的不快感、異和感、というものを

無視できていた。

だけどなぜだか、そういったものを最近、いよいよ全然、無視できない。

 

 

これがいいことなのか悪いことなのかとか、考えるより先に

これまでの仕事ーー言葉を使って、文章を書く仕事ができないから

その点においては困った。

 

 

 

だけど、戸惑いこそあれど、焦ってはいない。悲観的でもない。

ただ、ああ、変化するときなんだな。

もっといいバランスを、新しく作り直す。

そういう時に来たんだなと感じている。

 

 

 

 

 

 

もっているはずの感覚を可能な限り引き出してみたら

その時にはどんな私が立っているんだろう。

 

 

 

「もっといい世界をみたい、描きたい、作りたい」

と願っていた2017年から一転して、なぜか今は、

 

 

「もっといい自分を作り出したい、育ててみたい。」

「自分の可能性をもっと引き出してみたい。」

 

そんな欲が、素直にここにある気がしている。

 

 

過去には、これがなかなかできなかったんだな…。

自分の命や可能性を否定することから始まってしまっていた。

そういうエラーをずっと起こして来た。

 

そこから今、いよいよ安心して、抜け出そうとしているんだろう。

だってもう無視できないからなあ。

これを無視してはもう前に進めないよ。

 

 

 

メールの返信が遅いと思う。

SNSなんかはちゃんと見ることができていない。

文章は今も自分のために、毎日のように書いているけれど、

まとまらないから結局公にリリースはできていない。

 

 

「自分の身体」に取り組んでいる。

それが最近の私。

 

身体を動かすと気持ちがいい。

汗を掻くと身体が喜んでいるみたいだ。

身体に心地のよい風を当ててあげる。

身体が喜ぶものを感知して、身体に与えてあげる。

痛みや不快感のある箇所に手を当てる。優しく撫でてあげる。

身体が落ち着くから、深い深い呼吸を繰り返す。

 

  

 

さあさあ。

私は引き続き、どこへ行くのでしょう?