On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

アートを生きる

哲学とか宗教とか自己啓発とかスピリチュアルとか◯◯式健康法とか心理学とか、とか、とか、、、

 

たくさんの「生きる指針」のようなものが世界にはあって、どれも面白い要素を多分に含んでいて、覗き見るのが楽しい。自分のかけらを見つけるきっかけになったりすることもある。

 

だけど、これまでたくさんのメソッド?のようなものを通ってきたけど、どこにも「留まる」ということは私はできなかったなと、振り返ると思う。
でもそんななかで、唯一、好んで続けているものがあるとしたら、それは「アート」なのかもしれない。「アート」は学問でもなんでもない。派閥もない。所謂「括り」が全く存在しない。言ってみれば人の生き様そのものがアートになり得る。ような気がしてる。

自分の人生を振り返ってみると、絵でも文章でも料理でも喫茶店経営でも人間関係でも、「これが答えだ」というものを持たないまま続けている。

 

わからないことを、いつまでもやってる。
答えのないことを、いつまでもやってる。
問いばかりを、いつまでもやってる。

 

おかげで楽しい目にたくさん逢えているなとも感じるし、楽しいことばかりじゃない、答えがないというのは時に厳しいことかもなと思うときもある。だけど、総合してみたときには人生の面白味とか醍醐味みたいなものは存分に味わえてるんじゃないかなと思う。比較したってしょうがないけど、「答えを持つことを選んだ人たち」のほうがどうやら時に大変そうだぞと、息苦しそうだぞと思うこともある。

 

結局、どこにいても、誰といても、何もしていても、何を信じていても、「自分はこれでいいんだ」と腑に落ちて思えた人から「悟った」みたいな瞬間が訪れる続けるのかもしれない。

悟ったり、迷ったり、濁ったり、洗い流したり、また悟ったり、迷ったり…を延々と繰り返して、毎瞬間の積み重ねをただ生きる。
それが人生なのかな、と。


答えがないということを不安に思ったりすることもある。だけど答えを持たないことが私の強みであり好みなんだとも思う。答えがないということは、限りなく「いま」を生きることに近い道を歩いているのではないかと感じるから。体感。これ以上の生命のリアルを私はまだ見つけられていない。

 

子どもたちがお手本かなと感じるのは、彼らは「答え」に染まっていない。だけどどうだろう、大人の写し鏡にされがちな立場なんかすっとばして、結局のところ毎瞬間、無垢な愛に溢れて「いま」を生きている。

 

娘と昨日、夜道を散歩しながらふと、「日々は幸せかい?」と問うてみた。
うーん、と考えたあとで、
「学校で先生がウザい時と、友達と遊びたいのに遊べない時以外は、いつも大体幸せかなあ。嫌なことが全然ないからなあ。」
と返事が帰ってきて、私は嬉しくなってふふと笑った。


ここまで、藤沢駅行きのバスの中で一気に書いた。若干酔った。笑

友人のお誘いを受けてこれから「サシ飲み」

きっと、恋愛相談かなと予想する。

 

言いたいことをうまいこと伝わるように書けただなんて少しも思えないんだけど、なんだか今日はお腹いっぱいなのでこの辺でお開き。

お付き合いくださいました方がいらっしゃいましたら、心からのありがとうを。