On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

最近思うこと 起こることのあれこれ

手数こなして、人と会って、起きてくるたくさんの出来事に対峙し続けている日々。
情報量が多いのに案外混乱はしていなくて、ざわつくできことがあっても大体短い時間の間に過ぎ去っていく。


イベントがどんどこ立っていく感じいいね。チアキさんは人と会ってる方がいい感じだねなどなど親愛なる友人各位から最近よく言われる。

「そうなんだよね、不思議と。」

 

目の前に並べられたたくさんの出来事は、私に「何が好きで、何が嫌なのか」「何を望んで、何を望まないのか」を次々に知らせてくれる。
 
 
 
 
というわけで?ここらでちょっとまとめたい。私が最近思うことのあれこれ。
 


1)家が欲しい
一年前の突然の家ロストから今現在に至るまで、店舗兼住居として喫茶店を使っているのだけど、最近住居(自分だけの空間や、子どもたちだけの空間が確保出来る場所)が欲しいと感じている。そしてそれはできたら、喫茶店と限りなく近い方がいいなと思う。その理由は今喫茶店にある「訪れる人たちとつくる大きな家族感」がとても気に入ってるから。喫茶店と自宅を分離したくない。
 


2)人の行き交う感じがすごくいい
喫茶店にたくさんの人が遊びに来てくれる感じが今すごくいい。風通しがいいなあ!と思う。

イベントは直前告知だろうと事前告知だろうと、タイミングの合う人たちがその時の最も「好い塩梅」の人数で来てくれてるという感がある。人が多すぎて大変とか、少なすぎて寂しいとか、そういう違和感が不思議なくらいにない。この流れは、喫茶店と別に「住居」ができることできっともっと豊かになっていくんだろうと思う。

 

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9/10「世界でたらめ料理選手権」

発案者くりぼう

はじめて喫茶店の前面の窓をみんな取り払ってみた。

開放感が増した。風通りがよくて、参加者の盛り上がり、創作の熱なんかをうまく流してくれていたようにおもう。終始「すごくすごくいい感じ」だった。

イベント終了後の主催者。お腹いっぱいの笑顔。

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3)友達の持ってくるイベントが最高にいい。


「かなり当たる」と言われている適職診断を先日受けたところ、ほんとうに、あまりに当たってる!な結果が出て笑ってしまった。

 

それによると、私の特徴は、
・一人で何かを作り出すことよりも、人の協力を得ることで大きなうねりを作っていくことが得意(まさに!)
・人に自分の内面や内情や、何もかもを「開く」ことが得意なので人からの信頼や協力が得やすい。同時に本音を言うということは敵もつくりやすいので、本音を隠さないといけない系のお仕事(窓口とか?)は超絶向いてない。(まさに!!)

あと他にも色々あったけど忘れました。

 

この結果に大納得したのは、今ある「いい感じの流れ」がまさに「人の協力を得て」成り立っているなと痛感しているから。
誰かが「ラムピリカでこんなイベントやろうよ」とアイデアを持ちかけてくる。いいなと思ったら即一緒に作り始める。この時に「ちゃんとやろう」系の人とだとうまくいかないし、そもそも「やろう」という気にならない。
「安心して失敗しよう!」「自分たちが一番楽しんじゃおう!」を合言葉にできるメンバーだと一緒にできる。そして大体思いもよらぬ形で大成功する。これも、やっぱりポイントは「本音を言う」ってことなんだと思う。誰も無理しない。誰も隠さない。流れを止めない。速度を止めない。嘘って、遅いから。

 

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9/13 「うたたねカフェ」

発案者やよいさん。

「自分たちが誰よりもくつろいでいよう。」

そう決めて開いたカフェ。

三人ものお客さんが参加してくれて、一緒にどこまでもゆるゆる寛いでいった。

こんなにぐっすり寝たの久しぶりだーー!

と感想に嬉しさ極まる。


あとは、とっちらかりがちな私の思考やアイデアは、浮かぶと都度こまめにカヤノさんにシェアするようにしている。そうしておくことで、「どういう順番でやるといいかね」とか、「こんな風に発展させていったら面白いんじゃない?」とカヤノさんが手腕を振るってくれるのでとても助かってる。打ち合わせなりなんなりするたび、マジこの人のセンス最高だな。。。って思う。

ひとりじゃ大したことはできない。だけど人といることで膨らむものがある。私にできることが見えてくる。

私も、もっともっと研ぎ澄ませていこうと思える。それは「優秀な仕事人になりたい」とかじゃ全然なくて、むしろ今のまま、面白そうなことに飛びつく速度も、だめさも、歯に衣着せられなさもネジの外れっぷりも、そんなあたりを安心して尖らせていこうぜ、と思ってる。どんどんアホになろう。だからこそ、人と補い合っていける。
大好きな友達と、次々出会うみんなと、この地球上で生きている間もっともっと遊びたい。

 


4)それでいて一人でいたくなる

 

人とたくさん会って、なにか作り出したり活動をした後は、しっかりと自分だけの時間を作る。それが私の中で自然な流れになってきている。一昨日昨日は友人に喫茶店と子どもたちを任せて、二泊三日で宿をとって泊まった。一人きりで好きな本や漫画を読みながら過ごしていた。何も作らず、何も考えず、誰の目にも触れず、好きなだけ眠って、ただ好きなことを好きなだけ。

そうしていたら、今朝ぶるん!とエンジンがかかって、今こうして一気に文章を書いている私がいる。

 

 

5)最近モテる
すみません、言いたいだけかも。厨二病か!とか突っ込まれそうだけど正直に言うと最近モテる。私にとっては慣れないことなので、この現象に不思議さとともに嬉しさを感じている。それも、私が「結構素敵だな」と思うハートの持ち主たちに好意を寄せてもらえるものだから、若干調子に乗ってるかもしれない。

だけどさらに不思議な現象があって、そんな素敵な人が相手なのに、もう一歩深い関係をと相手に求められると私の中でスッと引く何かがある。これは相手に対して「無理!」とかじゃ全然なくて、むしろ「私だけがそのモードじゃない。まだひとりでいたい。でも愛には溢れてる。そして大好きな人は世界にたくさんいる。」というよくわからない状態。なんなんだろうこれは。こんな私とは初めて出会う。なにかブロックでもあるのかな。それともほんとうに望むことが別にあるのか。とんでもない博愛主義?よくわからないから、もう少し観察してみようと思う。

 

 
6)自分の人生の舵取りを手放していない人がすき


その人が「自分の人生の舵取りを手放していないかどうか」みたいなものを、最近わりと短時間で見抜けるようになった気がしている。
ときに他人に委ねてしまうこともある人間的弱さを自ら認めながらも、それでも起こることの全部を、「自分の人生の全部は自分次第、自分のものだ」と肚くくって生きている人の、優しさとも清々しさともとれる何かが、私はとても好きなんだと思う。


 
7)人は何とでも言うなと思う


たくさんの人が喫茶店を訪れる中で、たまに他人の話ばかりしてる人というのが現れる。愚痴とか、悪い噂とか。こういう人の話は話半分に聞いておこうと思う。人は自分の言いたいように、他人に見せたいように、何とでも話をする。それよりも自分の話をせいやと思うので、そういう人の話にざわざわさせられることがあっても「振り切れ!」と自分に言い聞かせてる。「こんなことが起きて、それで『私は』こう感じました」って話なら全然聞ける。


 
8)マズローの五大欲求。その上がある。


ってなことをこの前カヤノさんがツイートしていて、ハートの真ん中が「ああっ」って思った。笑
多分それだ、その感じだ、最近私が感じてるやつ!と思った。気になった人はググってね。五大欲求のその上の話。
自分のなかに確かにあって、だけど言葉にできないことを誰かが形にして、表に出してくれる瞬間に出会うと嬉しさで打ち震える。ほんとうに、みんなありがとう…。

 


9)「大好き」と、「苦手」とか「相容れない」は別物


先日のスナック・ラムピリカでトークのお題「I love you but 超苦手〜war is over〜」で話させてもらったのだけど、「大好きだけど超苦手」という人は世界に案外いるものだ。

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8/27 スナック・ラムピリカ

るーちゃんとお泊まり会するときに明け方まで延々話しこんでしまう感じが最高によくって、この感じをそのままイベントにしちゃおう!ということで開催。

 


父親がいい例で、私は父が大好きだけど、正直に言うとたまに存在を思い出すくらいが、自分の心身の健やかさを保つためにもちょうどいい。大好きだけど、彼の人に対する接し方とか家族の扱い方とか、不愉快極まりないことが多いから。
あとは「大好きだけど相容れない」も全然存在するもので、相容れない相手を一生懸命「相容れる」ように説得したり、わかってもらおうと言葉を尽くすことにエネルギーを使う気に今はあまりならない。(かつてはそうじゃなかった)

それをするくらいなら、私がいま形にしたいものを形にしていくことにエネルギーを注いでいるほうが結果的にみんな健やかになる気がする(形にしていくことを一緒に楽しんで遊んでくれる人が見つかるとラッキーすぎて喜びます)し、そんな願いとは別に「I love you 」はいつだって私の中に存在してくれている。

「大好き」はいつだって一方通行でいい。そう思ったら、もう私はあらゆる自分の「好き」とか「よい」とか「やりたい」にむかってひた走るだけ。人間関係のどうのこうのでぼやいたり悩んだりをいつまでも続けているときというのは、言ってみれば「その人が暇だから」という一言に尽きるのかもしれない。

 

10)漫画「かくかくしかじか」がよすぎた

 

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描くよ、先生。

 

 

11)トラウマ(古い自分の屍)を越えていけ

 

訳あって、子どもの頃から写真がすごく苦手。むしろ怖い位。カメラ向けられるとよく顔が強張る。でも自然な笑顔で写れるようになりたい。

先日、私の敬愛する秋田ゆりさんにそう話したら、「1,000回自撮りすればいいんだよ。そうすれば安心して撮れるようになるよ」

そんな言葉をもらった。

怖いものを「怖くない」と嘘つくことはできないけれど、「怖くなくなるまで行動を起こす」って選択はできるんだと思った。

 

こういうの、「初期設定を書き換える」って言うらしい。

 

 


幼い頃から大人になるまでの間に親からもらった「初期設定」は、何故か、「千秋はブス」というものだった。

 

まじあんたたち(親たち)どーゆーつもりやってん?!!!!こどもにそんなんいうとかありえんやろ?!!!!(´⊙ω⊙`)

 

とたまに叫びたくなります笑

今思えば、彼らにそれほど深い意味も悪意もなかったのだろうと思う。


何はともあれ人間の「初期設定」は何度でも書き換えられる。自分の行動で、書き換えることができる。

ほかの人から見たときに自分が可愛いかどうかなんて多分あまり関係なくて、たとえ多少あれだったとしても自分だけは自分に可愛いと言ってあげよう。だって可愛いほうがいいじゃん。可愛いほうが好きじゃん?

 

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注)すっぴん&加工なしで果敢に挑んでます。

 

可愛いって言えば言うほどに可愛くなるけど、ブスって言えば言うほど本当にブスになったりするからな、人間。

 

全然ひとから愛されたいし、可愛いって言ってもらいたいし、褒められたい。

 

だけどそれより先にやることがあったな!という感じ。勇気を出して。

 

言葉は救いでもあれば呪いでもあって、でも結局は「自分が採用する言葉」が「言霊」になって世界をつくっていくんだろう。

 

 

さあ今日も世界はつづいていくよ。

 

 

長文、ここまで読んでくれた人がいたらほんとうにありがとう!