On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

感じるが先、考えるはあと。

世界には「正解」みたいなものが溢れすぎて居て、いろんな人の書くいろんな文章を読んでは納得したり、感嘆したり、感動したり。でもどれもものすごい勢いで自分を通って流れていくばかりで、そんななかでも自分の中に「残った」「細胞の一部になったかも」くらいに感じられるようなものはほんの一握り、いや、ひとつまみくらいのもんだなと思う。そしてごく稀に、なんども読み返したくなる文章に出会うことがある。それが、私の中で「採用!」私に濃い色を与えていく。

 

想念のようなものはいつもくるくると頭の中を回る。それらくるくるしてるものはみんな過去から生まれたものだよと誰かが話して居て、ふむなるほどと思った。
いまこうして綴っている言葉ですら、言語そのものですら、私が生まれた時から世界にあった既存のもので、言ってみれば過去のものということになる。
言葉を使って新しい表現を、誰も綴ったことのないような素晴らしい文章を生み出すことはできても、言葉を使って考え始めた途端に過去を生きることを余儀なくされやすい生き物なのかもしれない。人間とは。なんと不器用で、不自由で、愛おしい生き物だろうと思う。

身体に答えを聞きなさい。身体は答えを知っているから。
その「誰か」はそうも話していた。

身体は確かにすべてを知っているのかもしれない。ほんとうのほんとうは、YESなのか、NOなのか。なにが心地よくてなにが嫌いなのか。求めているものはなんなのか。
わからなくなったら身体に聞く。そうすると、良識とか常識なんかで量ると結構残酷だなって思えるような答えでも、平気で身体は弾きだしてきたりする。そこにストップをかけようとするのは、いつも大体「余計なお世話」と呼べるような代物だったり「いらぬ心配」だったり。
人間として生きてきた以上、どうせ想念は回る。どうせ回すなら、身体の声を最優先させた上で、もっと人類全体を信頼するような力強い方面に働かせようぜ、とおもう。

 

-----

 

最近、「ラムピリカに泊まってもいいですか?」という問い合わせをもらうことが多い。
わたしはだいたいどうぞと返事する。たくさんのひとが自由に喫茶店を行き交うこと、とてもいいなと感じてる。3人きりだった母娘家族に、まるで家族が増えたみたいと思う。
(もちろん誰でもどうぞとは思ってない。なんか嫌だなと感じたら断る選択肢も勿論捨ててない)
でもひとが増えるということは、それだけ情報が増えるということ。想念のようなものの、くるくるする速度も若干上がるのかな。それを意図的にスローダウンさせてあげる必要があるみたいで。

 

 

自然豊かな静かなところに行きたい感覚がつよくなって、日曜日の朝、喫茶店と子どもたちのことを滞在していた友人に丸投げする。

2時間後には藤沢駅東海道線ホームに立って、「空いてるほうの電車に乗ろう」と決める。同時にホームに滑り込んできた二つの電車にを見比べ、小田原方面へと移動を始める。
西へ西へと移動していくなかで、「円空仏」というキーワードを思い出す。ググってみると、「飛騨高山」「千光寺」というワード。
この二つのワードの字面と音がかっこいいなと感じる。深い森や、深い静けさを彷彿とさせる。
決めた。飛騨高山にいこう。

そうしてその次の日の朝には、千光寺の本堂でお祈りをして、円空仏の愛おしいほどに素朴で愛嬌かくせない顔をたくさんたくさん、好きなだけながめていた。
午後には、地元の人のすすめで奥飛騨の温泉と、景観が素晴らしいという大きな橋を訪れる。橋の近くには深い森の入り口があって、人気のなさから入ってみることにした。
どこもかしこも美しい色合いの木々。顔を上げると、雲の色をした白い光。冷たい湿り気を帯びた透明感のある空気。露に濡れた土と、葉や幹や苔の香り。
ああ、今、思い出せば思い出すほどにあの空気が懐かしくて愛おしくて言葉に表したくなっているけど、森の中にいたときは言葉なんて殆ど消えていた。気づいたら木を抱きしめていた。木のごつごつとした、それでいて柔らかみが伝わる肌に全身を沿わせたくなった。おでこをつけて、頰をつけて、お腹をつけて、脚をつけた。

なんか、こうやって書くとすごく変な人って思われそうでそわそわしてくる。だけど、こういうことをしてるときの絶対的な安堵感のようなもの。静かな静かな心のこと。懐かしさのようなもの。私はどう表したらいいのかわからないけど、すごく「好い」。ほんとうに、うまく言えないけど。


森から出て、奥飛騨から高山のほうへと降りてくると、唐突に次にやりたいことのアイデアが降ってきた。ぞくぞくするようなワクワク感が自分からあふれ出した。堪え切れなくなって、レンタカーを運転しながら音声入力でiPhoneにアイデアを書き出す。
それをそのまま、ラムピリカの社外無責任役のカヤノさんに転送。いいっすね!やりましょう!ということで明後日会議する。こういうのにふわりと乗ってきてくれる人がいてくれることはほんとうにうれしい。

 

イデアが偶然にも生まれて、そのことを狙って飛騨まで来たわけじゃないし、森に入ったわけでもないけど、でも一旦思考を捨てて大馬鹿者になって、感じるがままに動いた。身体の声に従ってみたからかな。よかった。
そして丸投げした喫茶店を受け止めてくれた友人。それに、静けさを安堵をくれた奥飛騨の深い森。
ありがとう。みんなのおかげ。

 

世界に素敵なことを、ひとつずつ増やしていくお仕事。さあ形にしていこう。

 

f:id:Naima_c:20170815194221j:image

 

 

 


(余談ですが、飛騨高山滞在中に、「千秋さんはこれだね」ときさよさんから画像が送られてくる。ありがとう。これからも、もっともっと、素直に生きようって思ったよ。)

 

f:id:Naima_c:20170815194612j:image