On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

影も光も

形にできないけれど確かにある感情に、言葉を使って輪郭を与える。どこへも行けなかった感情は、輪郭を与えられることでまず目視できるようになり、手に取れるようになる。そうするだけで、人は安心して、またひとつ自分を知る。ほんとうの意味で、またひとつ前に進めるようになる。世界が広がりを見せるようになる。そんな気がしている。



光は魅力的だ。多くの人にとって憧れの象徴。
わたしも例に漏れず、光に憧れる人間。太陽の包容力には癒しをもらい、エネルギーを与えられ、少しでも近づけたらと望む瞬間が、生きていてたくさんある。

だけど忘れたくないことがある。明るさや楽しさや、どうしようもなくばかばかしいことが大好きだけれど、それと同じくらいに静けさが好きだ。ほの暗い、包むような夜が好きだ。


生きているだけで、この世界に存在しているだけで、人間なら誰しもが影を持つようになる。
絵の勉強をしていたときに知ったことだけれど、存在を世界に(画面上に)浮かび上がらせるためには「モノとモノとの接地点」を描くことが必要だった。要するに、接地点にある「影」を描くことが必要だった。そうすることではじめて、真っ白なキャンバスの上で存在が浮かび上がる。対象が対象として捉えらえるようになる。

「影をみる」ということ。
このことは、存在のありのままの姿を認め受け止めるということ。このことに他ならないんじゃないかなと感じる。
多分、「影は悪いもの」としてしまったとたんに逆に影は強さを増し、それと同時に光も強くなる。強すぎる光は、濃すぎる影は、それを持つ本人も、周りのひとも、最終的には苦しめてしまうように思う。

影も光も見てやることなんだと思う。
存在を、知ってやることなんだと思う。
そうすることではじめて、光と影はバランスをもって心地よく存在できるようになる。
誰のためでもない、自分が、自分自身のために見てやりたいと思う。

光も影も、誰の中にもある。自分のなかにもちゃんとある。だから世界に存在していられる。
そしてそのことを知らせてくれるのはいつだって「人」だ。人間関係の中でしか、自分に出会うことはできないんだと思う。
光と影のなか、わたしは人と共に生きていたい。

 

「人間の真ん中は、ほんとうは光なんだと思う。」
友人が話していた言葉。私の中でいま、静かに世界を照らしている。