On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

見失う、見定める、見失う、見定める、いつもわからない、だけど歩く

‪だめなときはひたすらに死んでる。好きなだけ死んでる。黙って死んでる。(死んでる、とか言うとちょっと重たい感じがしますが、単純に「元気が出ない」ときのことを指します。)

 

この「死にきる」時間の大切さと、死ぬことを自分に許しつづけることの難しさよーー  死の淵から(とか言うと大げさですが)生還すると、いつも痛感する。

 

死にたいと思ったときは、布団に入るのがいいと思う。寝れるなら寝たらいいと思う。寝れないなら好きな漫画読んだらいいと思う。それでダメなら、苦しいなあってことをよく感じていたらいいと思う。もう嫌になるまで。自分を奮い立たせて「外を歩く」ってこともありだと思う。でもそれも、「奮い立たせている」うちは、やっぱりしんどいかもしれない。

奮い立たせるのが得意な人は、奮い立たせ続けるのもいいと思う。人にどんどん会うのもいいと思う。旅に出るのもいいかもしれない。新しい世界にどんどん出会いにいくのもいいかもしれない。

 

でも、うまくできないなって人は、うまくできないなって時は、可能な限り自分が何もしないで済むような環境、好きなだけ安心して泣いたり苦しんだりできる環境を自分のために用意してあげることだと思う。

自分で自分に優しくするにも、方法は色々ある。

 

 

世界に「答え」のようなものは既にたくさん用意されている。

 

愛されたいなら、まず自分から愛すること。

ありのままの自分を認めること。

嫌われてもいいから、自分を貫くこと。

自分のありのままを生きること。

考えるより先に、動き出すこと。

などなどなど

 

わかったよ。ほんとうによくわかった、って何回も思う。

でも、それでもどうしても動き出せないときというものが、ある。

無理して動き出さなきゃいけないくらいなら、いっそのこと死なせてくださいと言いたくなるときがある。

 

 

「もうダメだ今度こそ本当に死ぬ」

これまで何度思ったことかわからない。

正直にいうと、何度実行に移そうとしてみたことかわからない。でもその行為をシミュレーションすると、いつも大体満足する。

もしくはギリギリのところで、やる気がなくなる。死ぬのもめんどくさくなる。

でもそこまでやってみると、だんだん清々しくなってくるもので、もうちょっと死んでよっと(布団で)、という気持ちになる。

こうやって振り返ってみると、「なんかバカみたいだなあ」と思うけど、その只中にいるときはそうするより仕方ない。

 

でも多分、どれもこれも、ある種の毒出しなんだと思う。もしくは、死をもって「ほんとうは生きたい」ことを何度も確認する作業。なのかもしれない。

年々この身体は身軽になっていくので、「死んだ!」を重ねるたびに毒が出てってるんでしょう。ということにしとかないと、ただの死に損だから、そういうことにしておきたい。

 

 

私の動物占いは猿。

本質的には、深刻な空気は超苦手ということらしい。長年の癖で若干の深刻癖はあるものの、実際本当に深刻なのは苦手だなと思う。

場が深刻になるくらいだったら、作り笑いでも何でもして空気を緩めたくなるような性分がある。「死にたい」が出てきてしまう時も、もう言葉で言い表せないほど、本当に辛いんだけど、でももともと辛いのも痛いのも大嫌いだから、何とかして自分を楽にさせようとしたくなる。寝たり、誤魔化したり、でも全然だめなら最短距離で苦しみが出ていくよう、一人きりになって感情を出し尽くす。

 

 

ある程度一人で苦しんで、もう無理だ限界値超えたー!(すぐ超える)と思ったときには友達に電話するようにしている。

このときの人選は超重要で、一言で言うなら楽観的かつ「死に癖のある人」がいい。

死んでる、と言ったときに、心配してくれる人はすごく優しい人だと思う。だけどそういうときに多分わたしが欲しいのは「死なないで」とか「どうしたの?何かできることある? 」とか、そういうのじゃなくて、自分の現状を「ポップにソフトに」需要してもらうことだと考えている。

 

「死んじゃう時あるよねー」

「私も時々死ぬわ」

「昨日までおれも死んでたよ」

 

とか言われた方が、ほっとする。

 

「好きなだけ死んどきな」

「泣くの大事!泣いとけ?」

 

なんて言われると、首を大きく縦に振ってコクコク頷いてしまう。

 


なんのまとまりもないけれど、最後に最近はまってる動画を紹介して終わります。

見た回数分元気が出てくるという謎の動画。 

(死んでる時はこういうのの存在思い出せなかったりする)

 https://youtu.be/bMftWj-e2T4

死んでるなかでも、思わずふっ、と笑いがこみ上げてくる。そんな瞬間がある。

苦しみを散々経て、その先で「よし、笑おう!」という一つの答えを見出した人は素敵だ。「よし、笑おう!」と行動を始められることはほんとうに素敵だ。大人になるって、こういうのができるようになることなのかもなって思う。