On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

2017.5.16の日記

ここ数日、昼夜問わずよく眠っている。
朝起きて、朝ご飯とお弁当を作ってこどもたちを送り出した後でまた布団に戻り、そのまま眠ったり起きたりを繰り返す。起きてる間は本を読んだり文章書いたりして過ごしている。
ここ数週間、夜3、4時間くらい眠るとすぐ起きるという寝不足?状態が続いていた。その頃の睡眠をとりもどすみたい、毎日本当に気持ちよく眠れる。

 

厨房施設の故障は直ったものの、開店しようという気が起きない。困ったな。
「来月喫茶店がなくなっても構わないって気持ちで続けてる。」そんなことを本気で言い続けてきたものの、このままだと本当になくなってしまいそうだ。


最近、開店するとほんとうにたくさんのお客さんが来てくれるようになった。嬉しい反面、開店時間中はあまりに忙しくて参ってしまうってことが増えた。開店するとなると、結構なやる気とかテンション上がる感じが必要みたい。もしくは好きな友達の来店予定とか。
海カフェくらいの時間や空間的ゆったりさ、穏やかさ、メニューのシンプルさはちょうどよかったなと思う。


今までの形を続けるにはいよいよ潮時なんだろうな。
誰か私と一緒に、もしくは私の代わりに、喫茶店をやってみたい人いないかな。ラムピリカのコンセプト?的なものは、多分独特すぎるから、「自分がどうしたいのかを何もかっこつけることなく自分の言葉で話せる人」になら、喫茶店を丸ごと任せる、もしくは譲ることができるような気がしている。


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三島由紀夫 『レター教室』 


読んでいて、あまりに痛快すぎてげらげらと笑ってしまった。センスある文章だなと思った。トビオさんのレターが特によかった。太々しく一方的。「意地悪な感じ」なんだけど、書いている本人のウキウキした心持ちやそれでいて冷静さが垣間見られてしまって、全然憎めない。
お洒落だな!と思った。こんな風につらつらと皮肉っぽく書き連ねてみたり、気の利いた言い回しできるようになってみたい。

 

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4日ほど前、ハワイの地元情報サイトで、マウイのハナで募集されている面白そうな求人を見つけてエントリーしてみた。
仕事内容は、ロングバケーションでハナを訪れる人たちのための滞在をサポートしたり、レンタルハウスをマネージメントしたり、カカオファームを案内したり。
ハーフタイムジョブ。要するに半日働けばOK。
お給料はそれなりだけど、海の見えるキャビンを住居として自由に使ってよいよ、水もWi-Fiも無料だよ、キャビンの周りに生えているバナナ、アボガド、パパイヤ、マンゴーなどの木々からは自由に取って食べていいよと仕事の紹介文に書いてあって、すごくハワイっぽくていいなアロハだな!と笑ってしまった。


半日、訪れる人たちのために働き、残り半日は海の近くで自由に過ごす。すごくいいな、ありだなって思った。


日本人を雇うとなるとビザの問題があったり、私は英語一応話せてもあまり上手くないし、さてどうかな?というところはある。
でもネガティブな事柄を拾い上げていったってつまらない。自分のウキウキ感そのままにエントリーの文章を書いた。「私を雇うとこんないいことがあるよ!」ってことを恥じらいもなく書けるだけ書いてみて(美味しいコーヒー淹れられるよとか笑)、念のためアメリカに住んでいる妹に英文をチェックしてもらって、即送ってみた。


受かるかどうかというよりも(そりゃ受かったらテンション上がりますが!)「めっちゃよさそう!」という勢いそのままに、あまり考えずエントリーしてみたのがすごくよかった。送った時点でゴールした!感があった。未来に選択肢はたくさんあるんだよってことを、自分の手で確認するような作業だった。
さてお返事、来るのか来ないのか。楽しみだ。

 

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恋愛ってなんだろうなぁと最近よく考える。
私の今の状態はと言うと、大好きな人…うまく言えるかな、「『恋愛』という概念に照らし合わせるのであれば、恋愛対象だった人」が世界にいる。でも不思議と会いたいという気持ちが起きない。別に強がっているわけでも綺麗事が言いたいわけでもなんでもなくて、ただ彼が世界にいてくれるということが本当に嬉しい。その事実だけで満足してる。それは、自分の子どもたちや大好きな友人たちにも共通して言えることかもしれない。だから、恋愛といえるのかどうかもよくわからない。怪しい。


それに、いまは彼に会うと自分が揺らいでしまって、なかなか自分に戻ってこられなくなるような感じもする。自分を守るためにも会いたくない。そんな感じ。


関係性が近い時間が長かった分、なのかどうだか、最近彼のブログを読んでいると複雑な気持ちになることが多い。きれいな気持ちで読むことが今はなかなかできない。だからあまり読まないようにしている。


でも、いま私が世界中で一番ハグしたい人だと思う。 かっこ悪くて、それでいてダントツでかっこいい、愛おしい男子だと思ってる。どこまでも走れ、好きなように生きて。何も間違ってないよって思ってる。


この記事も、もしかしたら読んでくれているのかもしれない。そうだとしたら嬉しい。
だけど、思ったことを何でも書いているから、いつの日にか嫌われることもあるかもしれないなって思う。でもそれでもいいなって思う。「嫌われないための言葉」を選ぶのはもうすっかりやめにした。これまでも、至極正直な言葉を使って来たし、ほとんどの思いを外に出してきたと思う。だけどわたしの中の選択肢には「言わない」というものも常にあって、そこには「嘘はついてないから」的免罪符が付随していて。この選択を、好きな人たちに対して少しでも選ぼうものなら、人間はいとも簡単に孤立して、自分のことを嫌いになるのだなと思う。そして「出さない」は当然「ため込まれる」に繋がって、自分の中の表現の循環をすっかり悪いものにしてしまう。

 

たとえ誰に嫌われたとしても、世界中で私だけは、私を嫌いにならない言葉を使い続けたい。これ以上にゆずれないことは、多分もうないんじゃないかな。そして、相手がどうこうではなくて、私の中で生まれた愛をただ静かに大切にしていたい。
自分のこと好きになれないなって思う時もある。でもそれはそれでいい。いくらでも揺らぐし、そういう時もある。でも、どう転んだって、どうあがいたって、結局のところ人間はみんな、自分が一番可愛いんだと思うし、自分を可愛がってていい。私が私を裏切らなければそれで良い。
新しい世界を作るなんて意気込む必要は、私には多分ない。それは、そういうのが得意な人たちに任せておけばよいし、応援したいときには応援すればいい。

私にできることは、どこまでも私が私に向かうこと。私が私を幸せにしてあげること。心地よくさせてあげること。楽しませてあげること。そこから初めて、周りの人たちにも派生していくハピネスがあることを信じてる。喫茶店の雰囲気を左右する。家庭内の雰囲気を左右する。

 

心地よく眠っていられるのなら、今はいくらでも眠ろうと思う。開店したいときに開店する。これも貫いておいてオッケー。 Hanaの仕事がもしも決まったら、行ってみて、好きなだけそこに居てみたらいいんだと思う。 

笑っていたいよね。ほんとうはいつだって。

 

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最近、人とハグするのが前よりも好きになった。そしてより気楽にハグできるようにもなってきた。(もちろんハグしたくないなって思う人にはしないけど)


言葉のコミニケーションも大好きだけど、言葉を超えたところのコミニュケーションもやっぱり好きなんだなと思う。


体温にのせられた、その人の絶対的な存在感。

 

物理的なハグはしなくても、一緒に過ごした時間に、透明感のようなものが守れたとき。とでもいうのかな。そんな時は、ハグせずとも深いハグができていたような、そんな感覚を覚える。