On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

2017.4.30 - 5.6 旅の記録

伝えたいことはなんだろう。
なぜ私は文章を書き続けるんだろう。
日に日に言いたいことがなくなっていくような、本当に言いたいことなんて実はないんじゃないか、そんな感覚になってくる。
それでもなんとか、思うこと体験したこと、考えたこと、感じたこと、言葉に表したくて何度も何度もPCに向かい、iPhone画面に向かい、キーボードを叩く。

マウイから帰ってきてからも、いろんなことがありすぎて、この1週間ほどで合計5万文字以上は書いている。それなのに何か、書いても書いてもなにかしっくりこなくて、それでもなんとかして表したくて書き続ける。

世界のことを言葉で表しているんじゃない。
言葉で私の世界を作っている。


生きてきた自分のことを文章に表して確認したいのかもしれない。
そして誰かに伝えたいのかもしれない。
私が生きてきたことを確認してもらいたいのかもしれない。

そして私以外の誰かが作る世界を私は知りたい。言葉を通して知りたい。
私以外の誰かも、確かにこの世界に生きていることを確認したい。


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心がざわつくことから目を逸らさないで生きている人間の心や感性は、歳をとらないのかもしれない。

心を揺さぶる人との出会いは、心を揺さぶる体験は、自分の幅を広げてくれる。
喜びも苦しみも問いも生む。

でもそこにはいつだって深みのある感情が伴い、自分との新しい出会いがあり、残酷だったり美しかったり、だけど世界には愛しかないことを最後には思い出させてくれる。
だから安心して笑って。安心して泣いて、怒って。心を揺さぶる人の存在に向けて、全力の喜怒哀楽とハグを送り返す。

 

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マウイから帰ってきて、その4日後には青森恐山へ。その後は流れ流れて弘前市新潟市長岡市
たくさんの人に出会い、共に時間を過ごし、新しい風景の中を進み、歌を歌い、言葉を綴る。
そんななか時間をかけて少しずつ少しずつ実感をもって確認をした。
私の中で、ひとつの大きな別れがあったこと。
それは大切な人との別れであるように見えて、それ以上に実のところは「古い私との別れ」だった。時が経てば経つほど痛みが実感されるものになってきて、そして癒えてくるにつれて腑に落ちてくる。

私は今きっと、瀬戸際にいる。
きれいなまま死にたいのか、それとも。
死んで再生して、世界の広がりをもっともっと見てみたいのか。

揺らいでる。だけど、答えはもう出てるんだと思う。


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2017. 4.30
12:00pm 江の島
徹くんの車に乗って、青森県恐山を目指す。
旅の同行者は6名。進んだり休んだりを繰り返しながら、約18時間をかけて本州最北の霊場、恐山を目指す。

 

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途中、六ケ所村で日の出を迎える。

 

 

2017. 5.1
6:03am 恐山菩提寺


今年初の開山に合わせて恐山に入山する。過去に写真から感じた「おどろおどろしい感」や混沌とした感はなく、むしろ「何もない」という形容が正しい。どこまでもクリアな空気、頰に心地よい冷たさ、爽快なまでの高い青空。


冬の間の閉山中に、霊場霊場たらしめる人の想念のようなものがみなクリアリングされるのかな。


恐山菩提寺副住職、南直哉(じきさい)さんというお坊さんのお話がとてもよかった。
「悲しみは現在のものではなく、記憶の中にあるものです。胸の中にある深い悲しみは、忘れようと思って忘れられるものではない。ただ、『悲しみとあなた自身とのあいだに間(ま)をもつ』ことはできる。」
話を聞いていた時、胸の中で膨らんで溜まって、苦しくて弾け飛びそうだった別離の悲しみの中に、静かな風が一つ通ったような心地がした。力が抜けて、何かが少しだけ、軽くなったような気がした。涙がひとつ落ちた。

 


11:00am 弘前


弘前城桜祭りへ。5月の空の明るさと可憐な薄桃色のコントラストが鮮やかに眩しかった。芝生のうえに寝転んで、しきりに舞い降りてやまない花びらを見上げながらぽろぽろとギターを弾いた。深い悲しみは常に共にあって、だけど全身はただ静かに風景の美しさを享受していた。

 

11:00pm 小針浜
海の家ネフに到着する。

 

 

波の音を聴きながらよく眠り、おいしいご飯を食べ、砂浜でギターを弾き歌い、人と話し、潮風に当たる。
途中徹くんの友人も訪れて、最大で10人が1台の普通乗用車に乗ったりするような賑やかさだった。

幼い頃から英国で暮らしているという徹くんの友人は、とても素敵な音色の日本語を話す。だけどそれでいて、まっすぐに話す。私はすぐに彼女のことが大好きになった。
「空の上の人が話す日本語」
彼女の友人がそう表現していたのをとても気にいった。
悲しみに追いつかれる間もないくらい、たくさんたくさん人と話をして、笑った。
だけど時々、ふとした時に湧く思いがあった。
「楽しいな。でもこのあと、ひとりになったらどうにかして死にたいな。」

楽しい。でも時々酷く苦しい。私の内側が色を無くしたみたいだ。その分、なのか、外側の世界の鮮やかさが一際眩しくて、それでいて全部幻みたいに見える。

 

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2017.5.3
12:35pm  新潟港
朝にネフを出て、子どもたちと徹君は佐渡汽船のフェリーに乗って佐渡島へ。
好きな画家さんの個展を見るために私は長岡へ向かう。次の行き先を決めていないひとみさんも同行することに。

移動中、五月の新潟の田園風景が素晴らしく美しかった。その明るい色彩は、ほんのワントーンだけ落ち着きがあるもののマウイのそれにひどく似ていた。

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2017.5.4
2:00pm 長岡
フォトグラファーのちーちゃんと合流。
夕暮れ時の川縁に女子三人腰掛けて、ギターを弾きながらたくさん話した。
別離のことがやっぱり思い出されてしまって、たくさん泣いた。

ちーちゃんが話す。
「千秋さんが泣いてると、安心する」
二人が見守ってくれてるから、安心して泣けるよ。
そう伝えると、うん、と二人が頷く。
「泣こう!」
明るい声で言われると、少し笑ってしまう。

 

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2017.5.5
0:00am 新潟市間瀬

温泉旅館で誕生日を迎えた。
大好きな人から、お祝いの言葉が送られてくることはもうないのかもしれないと思うと胸のところが寂しさでぎゅうぎゅうと痛んだ。温泉に浸かりながら湯にたくさんの涙を落とした。うまく甘えることがすっかりできなくなってしまっていたけど、なんだかずいぶん彼のこと頼りにしていたんだなと思う。
でも、しばらく泣くとやっぱり落ち着いてくる。延々と続くことはない。そして泣けば泣くほど、軽くなっていく。だからもうすっかり私は堪えることをやめてしまった。安心して泣こう。

10:00am
ドキュメンタリー映画「立候補」をちーちゃんのパソコンで見せてもらって泣く。大森靖子というミュージシャンの音楽を紹介してもらってまた泣く。
ちーちゃんは心を揺さぶるものをたくさん知っている。心を揺さぶる言葉をたくさん話す。
なんかもう、涙がいくらでも出てくんなーと思った。頭の先からつま先まで涙か。だけど体から抜け落ちた涙は地面に浸透していく速度が速い。泣けば泣くほど、少しずつ軽くなっていく全身を確かに感じ続けていた。

悲しみが身体を抜けたな、と思うとまた突然、忘れた頃に胸に痛みが走る。
好きなだけ涙を落とすと、また一つ軽くなる。
忘れた頃に、また痛くなって泣く。
この繰り返し。だけど、悲しみがやってくる間隔はどんどん長くなってきてる。

「 千秋さんは、今が一番きれいだよ。そして泣けば泣くほど、きっともっと、どんどんきれいになるね」

ちーちゃんの言葉を受けて、ありがとうと伝えて、よしどうせなら、これをチャンスとばかりにめっちゃんこきれいになってやろうと思う。さらに安心して泣こう、ざわつく間はざわついておこうと思った。堪える必要なんて一つもない。痛みを痛みとして味わって味わって、いつか全部出て行くときを待って、早くクリアになってしまいたい。
「大人なのに泣くなんて」こんな台詞は不要。
素直に泣ける自分、すごくいいじゃない。
(なぜか子どもたちの前だと泣きづらい。一緒にいるときはトイレやお風呂に駆け込んで泣く。できれば涙を見せたくない。この妙な衝動はなんなんだろうと思って探ってみたら、「親は幸せでいなきゃいけない」っていう変なプレッシャーがあるみたいだった。アホか。泣いても、その後でちゃんと笑える私を見て貰えばいいんじゃないか。今度からは隠さず泣こうと思う。)

 

1:00pm

温泉旅館の駐車場でちーちゃんとハグをして、笑ってさよならをした。
たくさんのこと知らせてくれたちーちゃんに、愛おしさが増していた。私の中のちーちゃんの色が、ひとつ濃くなった。

 

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何か不思議なのは、この悲しみをよく見つめていると、どうも最近生まれたものじゃないんじゃないかなという感があること。
もっともっと深いところ、遠い過去から来てる悲しみのような気がしてならない。

 

そもそも、「付き合う」という約束をしたこともない人との別離って一体何だろう。「別離」と思っているのは私ばかりなのかもしれない。(あっけらかんとするほど普通に彼からコンタクトがあったりもする)

自分が誰のものにもなれないように、他人も、誰のものにもなれない。

「相手を自分のものにしたい」「確かな約束が欲しい」「ずっとずっと一緒にいたい」

そんな欲とか執着なんかとさよならすること。

それが、ほんとうの意味での今回の「別離」だったのかもしれない。

 

 

私はずっと、怖くて怖くて仕方なかった。旅に出た彼がもう戻ってこなくなるんじゃないか。たくさんの人と出会う中で、私のことを忘れてしまうんじゃないか。たくさんの人に愛されている彼は、私の愛なんて必要としていないんじゃないか。そんな不安がいつも近くにあった。

旅先から送られてくる愛の言葉。希望だった。心の支えだった。

だけどやっぱり怖さは頻繁に私を襲った。

 

ももうこの怖さはさ、彼によって作られたものじゃないんだなと思う。

私の中の、最も古くて強い痛み、なんだと思う。

もうこれを癒してあげるほかないんだよ。

そうじゃないとさ、これからもさらに生きていくのは危ういぞってところまで来たんだよ多分。

 

泣きたい時に泣き切って、笑いたい時に笑い切る。言いたいことは、言う。やりたいことは、やる。

すごくシンプルなこと。これを続けてるだけで、いつか勝手に癒されていくんだろうと思う。

自分が自分に向かい続けることでしか生まれない、新しい自分っていうのが確かにあるんだろうと思う。

 

本当の意味でのさよならなんて存在しないし、愛はいつだって一方的でいい。「ただ在る」というだけの愛。

 


生きるってなんだろう。
濁って、洗って、また濁ったらまた洗う。
この繰り返しか。

どんな感情体験も、喜怒哀楽があるうちは多分私の心は潤ってる。

そして、「死にたい」は「強烈に自分を生きたい」ってことの裏返しにすぎない。

だから私は結局、生きたいんだ。いつだって。




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2017.5.5
3:00pm 栃尾
Instagramでフォローしていた画家、えんなさんの個展をみるために栃尾へ。
美しいアトリエ。色合いが、空気感が、とても好きだと感じた。
そして、これまでiPhone画面で見るだけだった大好きな作品群。

えんなさんは、とてつもない懐の深さで私たちを受け入れてくれた。彼女の知人が経営している旅館に泊めてもらい、朝の4時まで飲んで語った。

私に向けてえんなさんがくれた言葉。

『失恋といいますが、わたしは「得恋」だと!!!一回出逢って、そのひとと自分で作り上げた時空間や温度、リズムや間は、到底そのふたり以外には作り得ない作品だと思うし、作品を作り続けたすえに、作品が完成したとき、作品を失ったなんて思わないでしょ?
たくさんのものを一緒に共同制作して、いまはつぎの創作意欲がやってくるまで、違う空気をお互い吸ってるんだと思う!!!
全てはラッキーな方角を向いてますよ。』

作り続けている人の感性に食らわされた。えんなさんの世界観。世界に対する信頼感。
私は節操もなくまた泣いた。うわあって泣いて、でも今度は、笑いながら泣いていた。

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少しずつ痛みが抜け落ちていく。


人と出会い、人と共に在り、人に伝え、人と傷つき、人に知らされ、人と笑い、人に救われる。


人と向き合えば向き合うほど、私に出会う。
私と向き合えば向き合うほど、人を知る。

大切な人との距離が近すぎた時には至極身勝手に見えることもあった自分の愛が、離れることで、ああ偽物もほんものもない、ただただ全部リアルだった。ほんとうに好きだったんだなって。確認できた気がして、どこかほっとしてる。
そして思い出せば、彼の愛も、純粋でまっすぐで無鉄砲で、そして至極身勝手で、そして最高だったなと思う。それで良かったんだなって思うし、なんだ、もしかしたら私と同じだったのかもしれないなんて思ってしまう。(こんなこと言ったら怒られるかしら)


ただ、先に行った。この、なかなかどこにも行かないような停滞感をを突破する速度が断然速いのが彼だった。

私も、彼も、これからもっともっと拡がりを見せていくんだろうと思う。人の愛し方も、世界の愛し方も、世界の作り方も、きっとどんどん拡がる。自由になる。

言葉を綴ろうと思う。これからも。

私の見たい世界を、私は自ら作り上げていく。

 

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2017.5.6
8:30am 栃尾商工会議所駐車場


目覚めの一番で徹くんに怒りの電話をした。
怒りのきっかけになった出来事については大幅に割愛するとして、徹くんの言動について「筋が通ってないじゃんか!」と思うところがあり、憤慨した。
徹くんが先日、人が集まっているところで私の話をしたらしく、その場に居あわせたひーちゃんからその内容を聞かされて、「なんじゃそるあーー!!👀徹、言うならマジで、全部言えや…!!!」と一喝した。
…と、かっこよく言えた感じなら良かった?んだけど、現状は涙ボロボロでおえおえでたぶん、みっともなかった。
でも徹くんに訴える中で、結局は「自分だな」と思った。
自分の自信の無さとか、すぐに人の言葉を信じる危うさとか、そんなものがわかりやすく露呈しただけだなと思った。
徹くんなんて大嫌いだと感情的になって、だけど、電話越しに逃げも隠れもせず、徹くんの言葉を話し続けてくれる彼のことを、結果的にはまたひとつ大好きになっただけだった。


2017.5.6
7:00pm 長岡駅
唐突に「江ノ島に帰りたい」という衝動が湧く。新しい景色に出会い続けたこの3週間。時期が来たんだと思う。
喫茶店に一人でこもって何か作りたい。絵でも文章でも歌でもなんでもいいから。
そんな私の衝動を、突然に訪れた別離を、ひとみさんは多少揺れながらも納得とともに受け止めてくれた。
私はすぐに新幹線に飛び乗り、その3時間後には喫茶店にたどり着いていた。

こんな風にして唐突に旅は終わりを迎えた。

 

「千秋さんが揺れている姿を見せてくれるおかげで、私も安心して揺れていられたよ。ありがとう。」


ひとみさんは四月に名古屋から桜前線とともに北上してきた。流れ流れて、私とは1週間旅を共にした。
この一ヶ月、沢山の人と過ごしてとても刺激的だったんだろうなと思う。

今はどこにいて、一人何を思っているんだろう。