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On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

人、人、人。

歩くリハビリも進行中ですが、対人のリハビリも現在、絶賛同時進行中です。

入院をきっかけにして、2ヶ月も自分の内にばかり向かう日々が続いたのもあってか、最近人と会う機会が増えてきて、誰かしら会うたび、最初はどきどきまぎまぎしている。

 

対人リハビリの一発目はまゆさんの登場だった。1週間くらい前。

あの最高にピースフルでキュートなまゆさんに対してですら、最初緊張して固まってしまっている私がいた。「人免疫」落ちすぎている自分にびびりました。

 

そして数日前には圭吾さんが突然江ノ島まで遊びに来てくれて、めっちゃ嬉しかったくせに、どぎまぎしまくりすぎて緊張で疲れてしまったのか、一緒にしばらく歩いた後で突如「私はここでUターンします」というわけのわからない挙動を繰り広げてしまった。

 

昨日開催された圭吾さんの生誕祭は、死ぬほど行きたかったけど、多人数が集まる場所には心身ともにまだついていけなさそうだと判断して、自宅にてライブ配信を観ながら遠隔参加。(でも代わりに、人生で初めて歌を一曲完成させて、動画に収めて、人生で初めて歌をバースデープレゼントとして贈ることができた。協力してくれた皆々様さまさまさま、受け取ってくれた圭吾さん。ありがとうすぎた、ありがとう…!!!)

 

少しずつ少しずつ、対人の感覚を取り戻しているように思う。

自分を保ちながら、人と接するこのバランス感覚。と言いますか。

 

今日は隣人ペコさんのライブがラムピリカであった。

ペコさんのファンからお友達から、久しぶりましての喫茶店常連さんから、初めましての方から、3ヶ月ぶりましてのえりかさんから、最強の助っ人ひとみさんから、たくさんの人と喫茶店で会えた。

 

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ペコさんのライブをラムピリカで見せてもらうのは今回で3回目。

ペコさんのライブ、毎回色が違うのだけど、今回はペコさんの世界感が極まってきた、際立ってきた感があって、それでいて声に透明感が増していて、なんだかとてもとても嬉しかった。

 

誰かが自分を表現をして、そこに人が集まって、一緒の時間を過ごして、表現を共有して、ああなんかいいな、すごくいいな。私ここに居られてほんとうにラッキーだな…。

自分が作った場所ではあるけれど、そんな風に思った。

つくづく思う。どんな場所でも、人が集まって、人が表現できてなんぼだな。

 

3日ほど前の晩はまゆさん、カヤノさん、まさねえ、みずすずさんと一緒に晩御飯をラムピリカで食べた。ご飯のたくさん乗ったテーブルを囲んで多人数で夕飯を食べるのは久しぶりで、ああいいなあこの感じ、やっぱりいいなあって、なんかもう全然うまく言えないんだけど嬉しかった。

 

人に会うたび、一緒の時間を過ごすたび、再確認する。

私は人が好きだ。人と会って、人がその人自身のことを話してくれるのを聞くのが好きだ。人と一緒に過ごすことで出てくる自分がすごく好きだ。

家族とか友達とか恋人とか、役割とか境界なんかが一切なくなっていって、それでいて好きなだけ好きな人と一緒に居られるという、この感覚がすごく好きだ。

 

だいぶスムーズに歩けるようになってきたのもあって、今週は喫茶店の開店日をたくさん設けたいなって思ってる。

 

引き続き、絶賛対人リハビリ中。歩行もリハビリ中。

ちょっとずつ社会復帰?するよ。

 

 

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中学時代からの大切な友人のお母さんが昨晩亡くなった。今日の昼頃友人から連絡があった。

 

中学生の時から高校大学、結婚してからも、しょっちゅう泊まりに来る私を笑顔で迎えてくれた優しい人だった。

みずきや鈴も、赤ちゃんの頃たくさん抱っこしてもらった。抱っこしたまま、可愛い可愛いと言いながら勝手にどこかに散歩に出かけてしまうような可愛いお母さんだった。大好きな人だった。

 

報せのメールを読んで、胸がぎゅっと痛くなって、痛みのあるところから熱を帯びた涙がぐうっと顔の方まで登ってきた。苦しい。悲しい。やるせない。切ない。

もう会えないという悲しみもあるけれど、それ以上にああ、人は死ぬんだと思った。絶望とは違う。ただ、目の当たりにした。当たり前のことだけど、死ぬんだ。遠いところへいつか必ずみんな行くんだ。私たちみんなに残された時間は短い。限りがある。

そんな儚さを目の当たりにして、感じすぎてしまって、泣けてきたのかもしれない。

隔たりなんて作ってる場合じゃないよ。遠慮なんてしてる場合じゃない。

だからこそ、ね。大切な人をいま全力で愛そう。

 

 

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10日後にマウイ島に旅立つ。

お金全然ないのに、でも行きたい行きたい、いますぐ行きたいと思い続けていたら思いもせぬところから臨時収入。

これは「行け」ってことだなと判断して即航空券を予約して、現在に至る。

この話を、今日久しぶりに会う友人に話したら、

「へー!なるほどなるほど……全然参考にならない!笑」

と言われて、「その感想はウルトラ素直でいいね!!もっともだ!!!笑」

と爆笑した。

 

クレイジーだよね、非常識だよね、と自分でも思う。

でもすごく楽しい。明日のことなんてわからなくていい。

だけど多分、私は明日死んでも後悔しないだろなと思う。

未来のことを思い描くことはできても、今やりたいことを後回しにできるほどにはできた大人には、どうやらなれなかったみたいだ。現時点では、ですが。

そんな自分じゃ、だめかしら…と長年思って生きてきたけど、でも最近はふと気づけば周りには、そんな自分に「いいね!」を出してくれて、その上一緒に遊んでくれる人が増えてきてる。

 

仲間はいた。ありがたや、ありがたや。

神さま本当にありがとう。。。

 

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「大人」と 「こども」の境界も、どんどんわからなくなるような日々だ。

 

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最近、自分より年下の人にお金をあげる機会が増えたなと思う。

自分だって全然お金ないくせに、「この人の生き方素敵だな」って人に出会うと、しかも私よりも年下だったりするとついついお金を渡してしまう。もしくはご飯をいっぱい食べさせたくなる。

純粋に、「もっと行け!なにをしてもいいから、なにもしなくてもいいから生存してくれ!」って思う。

 

今日のライブ、飲食代の売り上げはぴったり1万円。

バリスタとして腕を上げまくっていたえりかちゃんに3千円。

最強の助っ人として活躍してくれたひとみさんに3千円を渡した。

二人の生き方が、存在そのものが、最高に素敵だったから。

生きてね、って伝えた。

ラムピリカの取り分は4千円。はっきり言って、ちゃんと計算したら大赤字だと思う。でもなんだかうまく言えないけど、このお金の使い方はすごく正しいな!っていう確信みたいなものがあって、やけに清々しい。(逆に出し惜しみした時の気持ち悪さったらない。皮膚一枚全部脱ぎたい、みたいな気持ちになる。笑)

 

でもこれができるのも、私自身が最近、私よりも年上の人にお金をいただく機会がすごく増えたことが大きい気がする。なんだかよくわからないけど、「生きてね」って言ってもらってるんだと思う。(危なっかしくて見てられない、もあるかも笑)

 

このお金の流れはすごくいいなって、肌感覚として感じている。 

 

 

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たくさんの人の思いやりを受けて生きていることを、今感じている。

ここ三日ほど、たまたま偶然だとは思うのだけど、遠く離れているところに住んでいる友人たちから郵送で贈り物が届くということが続いた。

「退院おめでとう。なんだか楽しそうで良いね。」

ってメッセージが添えられていることが多い。

みんな、私のブログを読んでくれている人達だった。

 

私としては、自分のみっともなさをさらけ出してごめんなさい。という気持ちもあったりするのだけど。

見守ってくれている人がいること。気にかけてくれる人がいること。応援してくれている人がいること。

ありがたさを感じすぎて、ちょっと逆に、身が引き締まってくるような思いだ。

このまま行こう。みっともなくても一見めちゃくちゃでも、もっともっと、自分に向かって生きようね、と思う。

「私なりの精一杯」を目一杯生きよう。