On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

what's the use of myself?

手数出してなんぼだな。と思う今日この頃。

 

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頭全然良くないのに、つい考えすぎてしまう。時々考えて考えた末に、「考えないようにすることを、考えてやる」なんていう本末転倒なことをしてる時もある。やれやれでございます。

 

考えるのが好きなんだと思う。これからも考えていくと思う。

でも、手数を出しながら、手を動かしながら体を動かしながら考えようと最近は思う。

それもこれも、仙骨を痛めて体が全く動かない時期を経たことが大きい。

 

ほんとに動かないというのは実際、かつて体験したことないほどの辛さがあった。動かない体で、エネルギーの発散場所をなくしたわたしの思考は今まで以上のフルスロットル。もう考えたくないよ、やだよー!って何回も思った。

 

でもそんな中でも、「文章だけは書ける」ということが救いだった。いったい入院中に何万文字?書いたんだろうと思う。(下書き10個につき、公開するのは1記事ぐらいのものだった。)書いて書いて、自分の中にあるものを出して、それでなんとかバランスを完全にロストすることは避けられたというか。

 

 

今もまだ思うようには歩けないけど、毎日ギターを弾いている。歌を歌っている、作っている。文章を書いている。治癒をしつつ、自分の創作に集中する時間を好きなだけ持てていることは本当に幸せなことだと思う。怪我の痛みを抑えてでも働くとか、そういう選択肢もある中で、私は今の時点ではそれを選ばないで済んでいる。

 

 

 

 

先日友人が、「自分の役割とか生きる上での使命みたいなものだけは、自分自身で見つけるしかない」と話していて、本当にその通りだなと思った。人から影響をうけることも、流されることもある。だけど自分の生きる道筋を選ぶことは自分にしかできない。

 

自分の使命のようなものなんて、まだ全然わからないけれど、なんとなくこれなのかな、みたいなものは最近感じる。それは、自分が作って、いいと思ったもののシェア、人と共有することなのかなと思う。

 これからも心のままに歌を作ることだと思う。心のままに文章を書くことだと思う。たとえそれが誰に届かなくても。今のこの密な時間が育ててくれている「私」を信頼することだと思う。そして、そんな自分が最高に「いいな」と信じられるようなものが生まれたときには、ラムピリカのように、人にそれを開放していくことだと思う。

 

入院期間中にも思ったけど、私は人が好きだ。それでいて、ひとりで黙々となにかすることも好きだ。(自分の境界を守れない時の最近の私のイライラっぷりはすごいと思う。関係者各位、時々ごめんなさい。)

 

自分のペースや境界を大事にしながら、相手も相手のペースや境界を大事にしながら、互いにすきなことをしながら安心して場を共有しているのが好きなんだと思う。お互いの気が向くところが交差するときには一緒になにか遊んだり、ご飯を食べたり、話したり。

 

 

全快したら、さて何しようかね。

 

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4月の中旬からマウイ島に旅立つ。

マウイ島が気になりだしたのは1年以上前のことで、猛然と行かなくてはと思い始めたのは入院期間中。

具体的な目的なんてものはないけれど、真っさらに美しい海にはいりたいことと、あとは多分、新しい拠点を探しているんだと思う。

 

東京やバンコクなどの大都会で暮らした時間が長かったからか、江ノ島に初めて越して来た時はなんて自然が多いんだろうと思って感激した。暮らすのに素晴らしい場所だと思った。

 

だけど去年、佐渡島の、「本当に手付かずの自然」に触れた時から、江ノ島界隈が段々テーマパークみたいに見えてきた。人が多すぎる。音が多すぎる。光が多すぎる。

そんな江の島もいまでもとても好きだけど、ただ、もっともっと「無垢な土地」に居場所をひとつ作りたい。抽象的だけど、近々の願いはそんなところかもしれない。

 

暖かい場所が好きだ。だから冬が厳しい佐渡島には住めないけれど、南国マウイ島なら…?

あまり大きなことは言えないけれど、今は漠然としたこの「とにかく行って見てみたい。感じてみたい。」だけを頼りに動いてみようとおもう。

 

ラムピリカのような場所を作れたらいいなあって思う。とてもシンプルに思う。

贅沢言うなら、もっと広くて、もっと風通しがよくて天井は高く、光の加減が心地よく。それでいて集まった人たちが各々の過ごし方を大切にできるスモールスペース、ソファとかハンモックなんかが気持ちよい距離感で点在しているような。そんな場所。石造りの白い壁の周りには色とりどりの絵の具があって、みんなが好きに絵を描いていい。(私は美しい花や鳥や森や海や空の絵を描きたいな…!)

華やかな香りの濃ゆい珈琲を淹れて、その香りが美しい空間に立ち込めている。南国の果物が何種類も庭に自生していて、お腹がすいたら誰でも好きにたべてよくて。

いつでも誰でも、好きなときに一緒に料理したりできるような開放的で大きなキッチンがあるといいな。

楽器ももちろんたくさんあって、誰かが時々ギターを静かに鳴らして歌を歌う。そこに集まって別の楽器を手に取るひとがいたり、ただ聴いているひとがいたり。

泳ぎたくなったら、マウイの美しい海にいつでもいける。

 

想像し始めたらどんどん湧いてきた、やばい!笑

 

でもここで一番重要なのは、この居場所に友人や家族や恋人や、大好きな人たちが好きなときに訪れて、好きなだけ過ごしていってくれたらいいなってこと。 

 

何か大きなことや、立派なことがしたいわけでも、すごいことをしたいわけでもないんだなと、最近つくづく思う。

今も生きていたいと思えるのは多分、好きな人たちが世界にいてくれるおかげで。自分の創作も大事だけど、好きな人とご飯を食べると美味しいとか、好きな人と笑うと嬉しいとか、好きな人と手を繋げると幸せだとか、そんな瞬間があるからなんだと思う。

 

 

"What's the use of myself?"

 

考えながらも。

つくろう。手を動かそう。体を使おう。

新しい、愛のある場所へと続きますように。