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On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

「身体が神」とぽかん力(ぽかんりょく)

自分の本音、「動きたくない」を見つけてあげられてから、すっかりぽかんとしてしまってる。

すっかりぽっかり力が抜けてしまって、以前はすきあらば「うおー!いまだ!」みたいに書いていたブログも更新したい気がそれほど起こらなくなった。

 

前回のブログを公開してからというものの、わたしの身体はほんとうに、笑ってしまうような速度の回復を見せている。

 

 

全身の筋肉のこわばりからくる痛みはすっかり霧散してしまい、いまは「あーここに仙腸関節があるんだな」と体感できるくらい、患部にしか痛みが残ってない。

その痛みもとてもソフトなもので、「わたし、ここにいますよ」と仙腸関節がささやいて時々存在を知らせにくる程度のもの。

 

先週は、松葉杖を使ったリハビリ、眉間に皺の理学療法士さんたちに見守られながら、わたし自身は地獄みたいな痛みに半泣きになりながら、3mくらいしか進めなかった。

いまはすっかり軽くなってしまった腰まわりをうまくつかって、ゆっくりではあるけど苦もなくどこまでも歩けてしまうものだから、心配症の理学療法士さんにストップをかけられるくらい。

 

左脚にはまだ若干の重みが残っていて、でもこれが全く嫌な感じがしない。

こうなにか、古い左脚が死んでしまって、かわりに今は新しい左脚が取り付けられたばかりで、わたし自身や仙骨とのリンクをいま少しずつ確かめながら繋いでいっている。そんな感覚。なんともいえない「好い感じ」がある。

 

 

痛みが減ったおかげで直立していられる時間も長くなって、それでとても面白い体験をしている。車椅子とベッドの視点の生活が1ヶ月も続いたせいもあってか、直立していると、「頭と地面って、なんて遠く離れてるんだ…」と、なんか途方もない気持ちになったりする。

「たっち」ができるようになったばかりの赤ちゃんが感じるのって、こんな感じなのかもしれない。

 

 

そのまま歩けるかな、と、手すりにも何にもつかまらずに一歩踏み出そうとしてみると、仙腸関節がぴりりと鳴って知らせてくれる。

「まだですよー」 

おっけおっけ、ゆっくりいくよ。

 

でも予感はある。

もうそう遠くないうちに、わたしは再び両の脚で歩けるようになる。

想像するだけで、ちょっと泣きそうなくらいな喜びが湧いてくる。

春がくる。新しくて眩しい春。

 

 

病院から外出許可をもらって、車椅子と松葉杖を携えて、明後日は1ヶ月ぶりに藤沢に行く。

17日の、みずきの卒業式に参列するために。

参列できるかどうかさんざ気を揉んだけど、こういうかたちにおさまってきてほんとうによかった。

 

 

この1ヶ月の日々を振り返ると、散々ひとさまに心配と迷惑をかけてきたのに不謹慎かもしれないけど、でもほんと、なんかもう笑っちゃうなとおもう。「特技は?」って聞かれたら「波瀾万丈です」って答えてもそろそろいいのでは。なんだこの人生。

 

目の前で起こる信じられないような出来事の数々に、ただただ「ぽかん」とする力、笑っちゃうしかないなもう!と開き直る力がついてきてしまった。

でも、わりと深刻癖のあった(今もある)わたしが、ここまで「ぽかん力」を身につけられたのも、いばや界隈のひとたちの影響が大きいんだろなあと思う。

どこまでも身勝手に優しく、どこまでも勝手にひとを身軽にするひとたち。

 

 去年の8月に、「いばや」が一体なんなのか、どんな団体なのか、なんだか全然わかっていないままいばやに入らせてもらったとき、開口一番徹くんに「殺す!!!」と言われたのをよく覚えてる。笑

 

誰に殺されたとも思ってないけど、まあとにかく、圭吾さんをはじめいばやの人たちの近くで過ごして来られたこの半年のおかげかどうだか、どうやらかなり毒が出たな、古いわたしは死んだのかもなと、いま思う。

 

あと、ここ数日の急速回復の原因についてはもはやはかりかねるのだけど、ざっくりいうなら

 

「本音を見つけられたこと  × フルボ酸 」

 

の相乗効果かもしれないなと感じている。

 

フルボ酸?どゆこと?かと言うと。

 

デトックストレーナー」というお仕事をしている友人が先日、オーガニック素材で作られているという超高級サプリドリンク(1本5000円近くもする)を3本も病院に送ってきてくれた。それには「フルボ酸」というものが大量にはいってるらしい。

 

フルボ酸の説明はこちら。

http://furubo.net/fulvic/

 

彼女はそのドリンクにあわせて、カルシウムのオーガニックサプリに、おすすめの本まで一緒に送ってきてくれた。こんな高価なものをたくさん、いいんですか?と問うと、「自分の生計も大事だけど、それ以上に大事なものを私はいつも探していて、自分がどんなにギリギリでもどんなに高価なものでも、『いい』とわかってるものはどんどん人に配っていこうと思ったんです。」と話してくれて、大げさかもしれないけど人類の進化を目の当たりにしたような貴い喜びがあった。両の手を合わせて彼女に向かって拝みたい気持ちになった。

 

「抗炎症作用もあるので、がぶがぶ飲むといいですよ!」と彼女が言ってくれるがままに、彼女の心意気を存分に全身に流し込むが如く、贅沢にも4日ほどで3本全部を豪快に飲み干してしまった。

これが功を奏したのか、身体方面からのアプローチはばっちり。「動きたくないの!」って本音も見つけてもらったわたしの身体氏はもう、「至れり尽くせり」で大変ご満悦、ご満足されたのではないかな。だからこんなに急速に快くなってきた?のかな??

 

魂、心、脳、思考、肉体、精神、etc....

人間を構成していると思われるものの名称は様々あるけど、この中でいまわたしが圧倒的に感謝して圧倒的に大事にしよう、神のように崇めよう!と思ってるのは、「身体」!

 

身体が全部の答えを知ってる気がした。

楽しいことも、不快なことも、気持ちのいいことも、行きたい場所も、やりたいことも、行っちゃいけない危険な場所も、なんでも。

頭はなんだかエラーを起こしてばっかりだなと思う。身体も心もしんどいのに「がんばれ!」とか自分に言ってみたりするし。

心も大事なんだけど、わかりやすい形のないこのひとは、頭にも身体の状態にもどうやら引っ張られやすい。

 

身体感覚を研ぎ澄ませていこう。

身体の巡りをいつもよくしておいてあげよう。

身体に一番に聞こう。

身体で感じよう。

身体をいつも一番くつろがせておいてあげよう。

身体をめいっぱい、細胞のひとつひとつ余すことなくうんと愛でよう。。。

 

 

こんなあたりが、「歩けない」「動けない」という1ヶ月の日々を越えようとしているいま、わたしが強烈に感じていること。

 

です!

わっしょい! (๑˃̵ᴗ˂̵)✨