On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

本音は、

ふとしたことで、思いもよらぬところで、自分の感情が激しく動くことがある。その近くには、もしかしたらいつのまにか埋もれてしまった自分の本音が潜んでいるのかもしれない。だって、自分のなかにあるものじゃなかったら、つついたってきっと反応しない。 

 

そんな自分の本音をみつけだして、それがどんな内容であろうと自分で認めてあげられたとき、ひとは深い安心感を覚えるのかもしれない。

 

常識とか道徳とか、「こうあるべき」から離れたところで、「自分はほんとうはこうしたかったんだ」に気づいたとき、またひとつ自分が自分の真ん中に近づく。

この繰り返し。少しずつ少しずつ、自分の純度を取り戻す旅は続く。

 

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一昨日、さとみさんの知り合いで、骨と感情のリンクについて研究をしているという少し珍しいカイロプラクティック師さんを紹介してもらった。私の情報をいくらか伝えることで、今の心身の状態を大体読み解くことができるという。

なんだか面白そうだなと思ったので、ぜひ読み取ってその内容を教えてくださいと伝えた。

結果、以下のメッセージをもらった。

 


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千秋さんの感覚としては骨盤のパーツがそれぞれバラバラになってしまったような感じかもしれませんね

骨からのアプローチでは、仙腸関節の痛みと仙腸靭帯のおぼつかなさでなかなか触ることもままならない状態です
痛みでカラダの緊張が強く、それによってカラダがゆがむので悪循環になっているかもしれません

みんなが心配してくれて、助けてくれたり、力になろうと手を貸してくれたりするので、頭では早く治らなきゃ!頑張らなきゃ!と思っているかもしれません

でも、内心は動けないことで少しホッとしていたりしないかな?

きっと今一番のクスリは
波の音を聞いたり、歌を歌ったり、絵を描いたり
そうやって仕事のことや、家族への責任を考えずに、好きな仲間たちと過ごすことかもしれないです

以上ですが、いかがですかね?
参考になれば幸いです。

 

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世界には、いろんなことができる人がいるんだなと思う。

 

身体の状態についての記述。現状とあまりに合致していて驚いた。私が今感じているのは、まさに「身体がばらばら」という感覚。動かし方がわからない。意識のはっきりとした頭に、 交信速度が鈍い人形の四肢がついてるような。

痛みが出ないようにと恐る恐る動くので、筋肉のつき方がアンバランスになっていくのもまさにいま感じていたことだった。

 

 

でもなにより驚いたのは、このメッセージを読みながら、気づいたらダムが決壊したみたいに自分が泣いていたことだ。

 

特に、

 

「でも、内心は動けないことで少しホッとしていたりしないかな?」

 

この一文をよんだときは、静かな病室の中で堪えても堪えても、嗚咽を抑えることができなかった。

 

なんで?なんで??

わからない、なんでこんなに涙が出てくるの?

この涙は一体なに??

 

そんな風に感じながらも、

 

「やっとわかってもらえた」

 

こんな言葉が後を追って出てくる。

 

 

 

「早く歩けるようになりたい。」

「早く退院したい。」

 

そう思ってリハビリに臨んでいたし、たくさんの人からいただく応援にはほんとうに嬉しかった。人の優しさを感じた。心の支えだった。

 

だけど私はもしかしたら、正しくはこう思っていたのかもしれない。

 

「早く歩けるようになりたい『はずだ』」
「早く退院したい『はずだ』」

 

「早く歩けるように『ならなきゃ』」

「早く退院『しなきゃ』」

 

 

毎日リハビリに臨んで、身体中の筋肉がそれを拒むみたいにつって痛むたび、「今日も歩けなかったな」とわかるとき。がっかりしながらもどこかその「がっかり」が純度100%ではないような、なにか異物が混じっているような微かな違和感を覚えていた。

 

いまならわかる気がする。わたしは、歩けないことにどこかほっとしていた。

 

 

カイロプラクティック師さんからのメッセージを読みながら止まらなくなった涙に、そして泣けば泣くほどに少しずつ満ちてくる安心感に、埋もれていた私の本音をやっと見つけられた気がした。

 

 

「わたしは、もう動きたくない」

 

 

とんでもない本音だと思った。矛盾してる。甘えてる。散々「歩きたい」「退院したい」と声を上げてきた末の、これ。自分でも意味がわからない。

 

でもどうやら、しょうがない、「動きたくない」が「今現在の私」の本音だ。正しいも、正しくないもない。

 

涙が枯れるころ、そう認めたら、なんだかやけにほっとして、すっきりして、ぽかんとした。もぬけの殻みたいになった。止まらなかった思考がやっと止まった。

昨日は1日のほとんどを、窓の外の空を眺めながら過ごした。ほとんど無音だった。

 

なぜいま、「もう動きたくない」 なのかは、もはやよくわからない。これまで散々、好きなように生きてきたはずなのにと思う。疲れたのかもなとは思う。幾重にも連なる変化の大波をくぐり抜けて、よく走ってきたよねここまで。

もしくはもっと本能的なもの。動物が怪我をすると治るまで微塵も動かないという、あれに近い?

 

でももう深くは考えないことにした。

だってとにかく、動きたくないんだものーー

 

 

昨晩は、多分入院期間中で、もっともぐっすりと、長く深い眠りにつけた夜だった。

 

 

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そして今日。体と心に変化が起きてることに気づく。

 

身体が軽い。痛み止めの増加分は相変わらず隠れて捨て続けているにもかかわらず、痛みもかなり軽い。もう歩けるのではと思えるほどに。

ストレッチが柔らかい。苦もなく立ち上がることができる。一歩足を踏み出そうとすると、下半身からぐらぐらに揺れて患部の鋭い痛みが復活するので「まだだめか」とわかるんだけど、それにしたって、なんなんだこの異様な軽さは!!

またぽかんとしてしまった。

 

 

あれかな、「宿題やりなさいと言われてるうちは絶対やりたくない法則」のあれと一緒?

「別に動かなくてもいっか」となった途端、「じゃ動いてもいっかな」とまるで身体が急に言い出したみたいで、なんだか笑えてしまった。

素直なふりして(?)生きてきたけど、わたしもずいぶんと天邪鬼だな…!

でも、不謹慎かな、それがわかっていま、ちょっと嬉しい。私の身体は、ほんとうに正直者だ。よかった。

 

 

 

そしてさらにもう一つ大きな変化があった。

 

理学療法士さんの担当が変わったあたりから、「いかにして一刻も早く今の病院を退院するか」を考えていたのに、 ここにきて病院側の姿勢が急変した。

 

 

無理なリハビリを一切しなくなった。

マッサージや関節の調子を整えるリハビリがメインになった。

医師側が、「骨折」ではなく「仙腸関節」という単語をたくさん使うようになった。

これまで話すときに目も合わさなかった担当医が、炎症部に当てるといいと自ら氷のうを持ってきた。

小まめに私の身体の炎症状態を確認する血液検査やMRI検査(この四日間で二回も)をするようになった。

仙腸関節の炎症が、完治にとても時間がかかるということを医師側が認めた。どんな風に治療を進めていきたいかを私に問うてきた。(!)

さらに、担当だった理学療法士さんが来週戻ってくることになった…

 

結論から言うと、今の病院を退院したい理由がなくなってしまった。動きたくないわたしは、動かないで済むことになった。

そして、「動かなくていっか!」となった途端、格段に身体が動くようになった。笑

 

  

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わたしは別に、スピリチュアルに傾倒しているわけでもないし、「本音を生きたから望む現実を引き寄せたんです!」とか、どこかで聞いたような台詞を言いたいわけじゃない。

 

ただ、こういうことは人生のなかでこれまでも、往々にして起こってきたなということは思う。自分が開かれた途端に、世界が動く。

 

世界はつくづく不思議な場所だなっておもう。

 

そしていまのわたしは、ほんとうに自然な、とても軽い心持ちで思っている。

「そう遠くないうちに、歩けるようになるな」

って。

 

 

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最後に余談になりますが、今日あった嬉しいこと。

 

たとえ歩けなくても、3月17日の卒業式に出たいということを看護師さんにだめ元で相談してみた。なんてことはない、車椅子を使っての外出許可をもらえることになった!YES!YES!YES!!!!

(保護者代理に挙手してくださった皆々様、ほんとうにありがとうございました…!(ToT)正直、17日までに退院しなきゃ!ってプレッシャーは相当にあった!)

 

 

 

 

今日は好転が好転を重ねすぎた。

 

この感覚はひさしぶりだ。

常識なんかひっくり返して、自分の感覚を信じて強く駆け抜けた去年の夏以来かもしれない。

 

世界よ、一体全体もう。きみはなんなんだい?

 

 

心配してくれた方々、励ましの言葉をくれた皆様、病院の態度に怒ってくれたり、煮え切らない私に叱咤激励の言葉をくれた友達…。

 

ほんとうにありがとう。

心配かけました。迷走が過ぎました。

でも、ひととの繋がりや、温かさをもろに感じる、私にとってほんとうに大切な時間になりました。ありがとう。

 

そしてメッセージを送ってくれたM先生。
自分でも見つけられなかった本音を、見つけてくれてほんとうにありがとうございます。そこからいろんなことが動きはじめました。

 

 

自分がどうしたいのかもわからない、めんどくさいマインドの私ではありますが、やっとひとつ力が抜けて、まあ無理なく歩いていけばいっか、と今はとても気楽な心持ちです。

 

リアクションをくれたひともそうでない人も、この記事をここまで読んでくれたあなたに、うまく言えないけど、ほんとうに心から、ありがとう。