On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

みっともなくてもなんでも

発信し続けてよかった。

そう思う今日この頃。

 

入院したことや、負傷の理由や、毎日の入院記。発信し続けてもうすぐ3週間になる。

 

正直、自分のみっともなさや、考えの浅さだったり、浮いたり沈んだりの弱さやだめなところを発信していくわけだから、シェアボタンを押すときにはいつも勇気がいる。

 

発信する理由なんてあまり考えてない。

発信したいときにはして、したいという気持ちが湧かないときにはしない。それだけだ。

 

でも、みっともなくてもなんでも、発信し続けてよかったと思うのは、記事を読んでくれた人がお見舞いにきてくれたり、お見舞いに来たときに記事のなかの登場人物(理学療法士さんや向かいのベッドのおばあちゃんなど)についてすでに知っていることや、あとはセルフヒーリングワークの本を送ってくれたり、身体機能を上げる効果のあるサプリメントを送ってくれたり、元気だせと特大バルーンを送ってきてくれたり。どれもほんとうに、わたしに力を与えてくれている。ひとは優しい。ありがとう。ありがとう。なんどもなんども言いたくなる。

 

なかでも昨日、ほんとうに発信し続けてよかったと思う出来事があった。

 

整体などに詳しい知人が、昨日のわたしの記事(http://naimachiaki.hatenadiary.jp/entry/2017/03/02/130038)を読んで、「病院側の曖昧な診断=おそらく仙骨骨折」について、意見を話してくれた。

記事の中で、理学療法士さんが説明するままに「仙骨と腸骨の間の隙間の箇所にヒビがおそらく入っているのでは」という表現をわたしは使ったのだけど、その人が言うには、厳密には仙骨と腸骨の間には隙間はなく、仙腸関節という靭帯で埋まっているのだそうな。

その方の話から、その靭帯が傷ついているのではないかと感じた。

 

 

 

その方の話を聞いて、自分の中で酷く合点がいった。そして仙腸関節について調べれば調べるほど、骨折じゃないのではという想いが強くなった。

なぜリハビリを頑張った日に限って夜中激痛で飛び起きるのか。

「骨にヒビ」のはずなのに、なぜ気持ち悪さを感じるほどの鋭い痛みが「身体の動かし方によって」起こったりおさまったりたりするのか。ヒビなら時間を経て修復されていくはずなのに、なぜ時間を経ても痛みが強いままなのか。

 

 

仙腸関節に炎症が起きている場合、レントゲンには炎症の様子がうつらないことと、患者の体を細かく動かしながら都度痛みの箇所や反応を確認する綿密な検査が必要になるため、普通の病院ではまずその診断が難しいのだという。そして、「保存療法=極力動かさないようにする」がまず行われるべきなのだという。

 

理学療法士さんは、何度も首をかしげ続けていた。なんでよくならないんだろう…。ほんとうに動かして大丈夫なのかな…。どうして写真に写らないんだろう…。どうしたらいいんだろう。どうしたら…。

 

これらの言葉を何度彼から聞いたかわからない。親身になって、一生懸命考えてくれていることはヒシヒシと伝わって来た。

ありがとうございます。と伝えながらも、昨日書いたように「多分骨折」みたいな言葉を聞くと、私はいい加減、ぼーっとしている場合じゃないのかもしれない。

 

 

 

痛み止めを飲むのをやめて、ありのままの痛みを感じた日の自分の直感は「動くな」だった。

 

 

治療を病院に丸投げにしないという気持ちがいよいよ固まった。転院や、病院側に再検査をお願いすることや、とにかく動かさないように自分なりに工夫して過ごすことなどなど、選択肢がぐっと広がった。

 

でもこの選択肢が広がることができたのも、 記事を発信し続けたことと、記事を読んでそれにリアクションをしてくれる人がいてくれたことが何より大きい。

Kさん、この記事も読んでくれているかわからないけど、ほんとうにありがとうございます。

 

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今日はひなまつり。

素晴らしい快晴。

きっといいことが起こる気がするんだよね。

 

 

追記1:

記事を読んで、仙腸関節のズレを治せるという方が、今日病院まで来てくれることになりました。神様…!

 

追記2:

担当の理学療法士さんが、今日のリハビリはお休みにして、マッサージだけをしてくれながら「やはり動かさない方がいいのかもしれないと思ったので、今日の病院の会議で、最初に骨折の診断をした先生に治療方針を変えてみることについて相談をしてみます。」と話してくれた。

どれだけ患者が日に日に動けるようになるかが理学療法士さんの評価となるようななかで、そんなアクションを起こしてくれるということに嬉しさで涙が出た。これだけ親身になって考えてくれるような人が担当になってくれたこと。自分の幸運を思う。ありがとう。もう、感謝しかないです。