読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

言葉に溢れる

入院生活、ほんとうに暇をしない。

快復が進むにつれてエネルギーも充満して来ているのか、自分のなかで言葉が溢れすぎてしまい、頭の中から外にだしたくて纏めたくて、何かと書き続けている。

纏めきれなくてアップできていない日記は山ほど下書きに溜まっている。

 

あとは、ベッドの上でストレッチをしたり、立ったり座ったりの練習をしたり、ゲームしたり、本読んだり、ひとに電話をかけたり、メールしたり。

やること一つ一つが遅いのが功を奏しているのか、一日はあっという間に過ぎる。

 

ーーー

 2月23日(木)

 

10:00am

朝起きて、カーテンを開いたときからずっと雨が降っている。

明るい霧雨。街を山をきれいに洗い流していくみたい。

気圧の影響なのか、昨日よりも痛みが鋭い。今朝、自分でも思っていたよりも痛みに呻いていたみたいで、隣のベッドのひとから「看護師さん呼びましょうか?」と声をかけられる。朦朧としながら、大丈夫です…!と返す。

雨の日は、いつもより痛むというひと多いですね、と理学療法士さん。

天候一つで体の状態が簡単に変わる。人間はどこまでも自然物だなと思う。

 

ーーー

 

11:30am

今日のリハビリももっぱら歩行の練習。歩行器を使って。昨日よりも痛みは強いものの、練習2日目とあってか両脚が昨日よりもずっとラクに上がるようになった。

昨日の速度の倍近い速さで歩ける。理学療法士さんに補助してもらいながら、やったー!よっしゃー!歩けますね!歩ける…! 調子に乗って歩きまくっていたら、左大腿部から左腰にかけてが久しぶりにビキン!とつった。痛みに悶絶しながら、車椅子で病室に送還される。

うん。無理しないでいこうね。と思った。

 

 ーーー

 

1:30pm

母が入院手続きの関係で来院した。

チョコレートをお土産に買ってきてくれた。私の大好きなリンツのチョコレート。

嬉しい…!と、もらったときは思ったのに、一口食べてみるとさほど感動を覚えなかった。「あれ、こんな味だったっけ…?(´⊙ω⊙`)」

拍子抜けした。

入院生活で、砂糖を取らない日々が二週間近く続いて、なにか味覚や体質が変わったのかも知れない。

 

 ーーー

 

2:30pm

 

雨が上がり、水色の空が顔を出した。それに伴ってか否か、午前中の強い痛みがだいぶ引いてる。

 

車椅子で行ける範囲であれば自由に行動していいという許可が出たので、隙あらば入院病棟のフロアを乗り回している。

ベッドから車椅子への移動、最初は痛みに震えながら10分近くかかっていたのが、今は10秒くらいでできるようになった。

今も、「患部が痛くなりませんように…」と意識しすぎると、決まっていつもの筋肉の強張りが起きて地獄のような激痛に発展するのだけど、そうならないようにするためのコツを見つけはじめた。

「患部以外のものに関心を移しながら移動する」という至極単純なものなのだけど、これ案外すごく大事だった。

窓の外の景色を眺めながら。時計の秒針を目で追いながら。周りの人の動きを観察しながら、などなど。患部とは全く違うことに集中しながら移動をすると、変な力が入らないのか、案外つらない。

一番のお気に入りは、九九を声に出して言うこと。特に、7の段や9の段を逆さまから唱えながら移動をすると、ほぼ確実にスムーズに移動できることがわかってきた。状況を何も知らない人から見たら軽く狂人かもね。でも必死。

 

ーーー

 

 

3:30pm

母に付き添ってもらって、車椅子で病院の正面玄関から少しだけ外に出た。実に二週間ぶりに外気を吸った。

目の前の道路はたくさん車もバイクも走っていたし、そんなにきれいな空気じゃなかったかもしれない。でも、冷たい外気が清々しくて嬉しくて、目一杯深呼吸をした。

 

ついでに玄関のすぐ脇のコンビニにも立ち寄った。二週間ぶりのコンビニはとても新鮮だった。

食べるもの、着るもの、行くところ、なにもかもを自分では選べなかった日々から、車椅子に乗れるようになって(範囲は狭くても)望む場所へ望む速度で行けるようになった。

些細なことかもしれないけど、今の私にとっては「なんて自由なんだ…!」叫びたくなるほど嬉しい。

 

買いたいものなんて何もないのに、不必要に商品棚の周りをぐるぐるぐるぐる、何周もしてしまった。買い物がしたくて、母に半ば無理やりフルーツ牛乳と大福を買ってあげた。

 

自由に動けなくなること…「いつもの当たり前」が「手の届かないもの、『当たり前』ではなくなったこと」はほんとうに大変な体験だと思う。可動域が少し広がっただけで、「幸せの幅」がこんなにも広がるものなのかと驚愕している。

 

 

一昨日は、10日ぶりくらいにシャワーを浴びた。身体をタオルで拭くだけだった日々を越えて、熱々のお湯を身体に浴びた瞬間は「おまいがっ…!(*´◒`*)♡」思わず声が出た。

 

少しずつ動けるようになってきたことで、いま、1日の中に小さな喜びが溢れかえっていて、ひとつひとつを噛み締めている。

 

 ------

 

5:00pm

今回の一連の出来事、はたから見たら災難だと思う。思いもよらぬ大変なアクシデントだと思う。ちょっとした一大事だと思う。

 

でも、ひとに迷惑をかけまくっているのにすごく不謹慎かもしれないけど、そんな中でもふと、「なんだか、面白いな…」とほくそ笑んでしまう瞬間が結構ある。

 

私の人生、ほんと、ギャグかドラマかコントか。とにかく、すごいことは何もしていないし、私自身は何かをやらかしてやろうとかも全然考えていないのに、実に退屈しないなと思う。

 

多分、この状況に深刻になろうと思えばいくらでもなれるし、実際深刻さに「はまってしまっている」ときもある。だけど、ふとしたときに、自分の人生を、自分の身体から少し離れたところで傍観しているような感覚になるときがあって、そんなときはふっと笑ってしまうのだ。

 

いつか死ぬときは、もしかしたら私は笑っているのかもしれない。ほんっとーにいろんなことがあったな、実に愉快で、面白い人生だったな。とね。

 

ーーー

 

7:00pm

 

この病院にたどり着いてから、ずっと気になってることがあって、それは看護師さんの多くが何か医療行為や生活補助をするときに「ごめんね」と言うこと。それも、何度も。

細かいことかもしれないけど。そして多分、皆さんあまり考えて「ごめんね」を使ってないんだろうけど。私は気になってる。快か不快かで言ったら圧倒的に後者。だって不自然。あまりに無責任に使ってないか?という気持ちになる。

看護師さんたちがごめんねを頻繁に使う理由を詳しく問うたり解明したりする気はないけど、そして「やめてください」と言うつもりもないけれど、ただ、こういうのがいつのまにか自分に浸透しませんように、とすごく思ってる。