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On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

4日目

今日は朝から雨。

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昨日は午後四時頃からお見舞いが続いた。

圭吾さん、保科さん、くりちゃんと母とみずきとが順番に訪れてくれた。

 

ほっしーからもらった百合の花は、つほみがどんどん膨らみを広げ、病室に甘い香りを放ってる。

 

くりちゃんはラムピリカでチーズケーキを焼いて持ってきてくれた。

食欲が全然なかったのだけど、これは嬉しくて美味しくて、噛み締めながらいただいた。

 

 

 

入院4日目。思うこと徒然。

 

 

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『思い切り笑いたい』

笑うと腹筋に力が入って患部に圧がかかるため、激痛が走る。

笑いたいのに笑えなくて、これは思いの外辛い。

昨日も来客があったとき、みんなが話してくれる可笑しい話や挙動に、何回も何回も笑いたかったんだけど、なんとか堪えて。

もしくは堪え切れなくて笑って。で、

「ゔああぅははは…!!!

   ⚡️😂 😱 😭 😂 😱 😭⚡️」

という地獄のような笑い方をすることになる。まあ痛くて。

みんなの面白さに笑って、それで痛いなら本望だわ!と叫びたいところだけど、いや、もー、ほんっとーに、痛い( ;  ; )ビリビリ痛い。なんなら笑った瞬間骨盤のあたりで毎度「ごりっ」って謎の音がするという情報もお伝えしておきたい。

好きなだけ、好きなように笑えていたことに、そんな当たり前すぎるようなことに対してすら、今となっては大変な有り難みを感じる。

 

『歩きたい』

歩くことがいまの私にはできなくて、普通に歩けていた日々のこと、すごいな、奇跡みたいだなって思ってしまう。なんなら歩いてるところから駆け出したり、スキップしたり、側転だってできた。

今はたったの一歩が出ない。どころか、座ることも。トイレに行くにも看護師さんと車椅子さんに毎度出動してきてもらう。車椅子に座るのだって10分近くかかってしまう。

 

私のベッドの前の大きな窓からは熱海の山々が見える。でも、もう少し窓に近づいて外を見ると、なんと海も見えるのだそうだ。

でもベッドから起き上がることすらままならないので、私はまだ、窓から海を見るという楽しみを残しているらしい。歩けるようになりたい。

 

余談だけど、四人部屋の同室の方たちは皆70〜90代と高齢の方が多く、皆骨折などの理由で歩行困難の患者さん。「早く歩けるようになりたいね、がんばろうね」と口を揃えて言っていて、こんなに歳が離れていても戦友感がある。

 

  

『優先事項』

病院は私にとっては久しぶりの、所謂「俗世」?普通の社会というのかな。で、ここでは様々なことが効率性やコスト的なことが優先して行われているんだな、と。その前提があった上で、個や心をどのくらい大切にするのかは各々の裁量に任されてる。

でもそりゃそうか、そっちのほうが世間では「普通」なんだよねと。福祉でもあるのと同時に「対価交換」の社会。自分が非常識すぎるんだということを今更ながら思い出す。ずいぶん我儘に、のんきに暮らさせてもらってるんだなと思う。

 

 

『生きたい』
生きたいって細胞の全部が叫び出すような生命力がほしい。
考えてしまう。迷ってしまう。痛いのを恐れて強張って、一歩が踏み出せないときがある。


考えるな。迷うな。動きたいんでしょ?歩きたいんでしょ?

私の身体、激痛をもって私に制止をかけるの、もうそろそろやめてもいいんじゃない…?

 

 

『筋肉の強張り』

今日、理学療法士さんとリハビリをしているときに、ひとつのわかりやすい特徴を発見した。とにかく私が、痛みに対する恐怖がとても強いということ。

脚を動かす時、動かしたい方向へスムーズに動かせる時もあるのに、なぜか急に骨盤内でビキンと音がして全くのコントロール不能、激痛が左大腿部と左臀部を襲って微動だにできなくなることがある。あまりの痛みに息が止まる。

そういうときは、私が左大腿部に極度に力を入れ過ぎてしまってるとき。痛みに対する恐怖から、痛みから身体を守ろうとして、無意識的に極端な力を入れてしまってるらしい。つったような状態になるほどに。

力の抜き方を教えてもらい、少しずつ練習している。力がうまく抜けると、激痛もすっと引いていくことが多い。

怖がらなくていいよ、大丈夫だよ、

何度も何度も自分に言いながら力を抜くと、痛みがすこしずつ遠ざかる。

身体と心は完全に繋がってるなとおもう。

 

強がって生きてきたけど、てんで空回りというか、全然わたしはびびりだし、弱いんだなと。

認めて、はい、また、スタートだね。