On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

自分の音がよく聴こえる

時々ひとりきりの時間を、静かな場所でしっかりと持つことが、わたしにはほんとうに必要なんだなといま痛感している。


数日前から熱海の逢初庵に来ている。本当に久しぶり。ひとりきりになって、自分の音がよく聴こえる。

 

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つくづく、わたしは人の影響を受けやすいんだなぁと感じる。

それが悪いことだとは思わない。

人と人とが影響を与え合って生きていくからこそ、人生には面白みがあるんだと思う。

 

ただ時々、いったい自分がどうしたいのかが全くわからなくなってしまったり、理由もわからないのに涙が溢れ続けたりすることがある。悲しいわけでもないのに。

それはもしかしたら、よくも悪くもたくさんのひとやものの音に触れすぎて、自分の音を見失っている時なのかもしれない。

 

そんな時は、いつのまにか自分のことを大切にできなくなっていたりする。

自分のことが大切にできていないから、周りの人のことも大切にできなくなる。

 

自分や人を大切にできているかどうかなんてこと、考えたってそれは野暮なことかもしれない。

どんなに大切にしたい、傷つけたくない、傷つきたくないと願っていたとしても、人は傷つくときは傷つく。

 

 

傷つく中で強くなる。傷つくなかで学びを得る。ならばとにかく進む…。

そんな生き方ができているときもある。

 

だけどクリエイティビティも、エネルギーも、出し続けると枯れるというか。充電池は残量が減ったらしっかり充電が必要。

 

でも最近、完全なエネルギー循環型、みたいに見える人たち、わたしの周りにたくさんいるなって感じる。疲れを知らずに動き続けている人たちのこと。なんというか、その人たちはいつも、誰かに何かを与え続けている、表現をし続けているという特徴があるような気がする。

 

いばやの人たちや、わたしの母が一番に思い浮かぶ。

 

そう考えると、わたしはハイブリッド型なのかもなと思う。

ひとりきりのしっかり充電も、ひととの間に起こる循環も必要。

 

「ハイブリッド」とか言うと、なにか進化型みたいな響きがあるけど、どちらかというとわたしの中では「完全循環型」のほうが時代の先を行ってる感がある。

 

と、このあたりは、なんとなくで書いた感がある。まだ、考えが浅いかも。

 

(完全循環型に一見見えるひとも、案外みんな、ほんとうはハイブリッドなのかもしれない。)

 

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1つの場所にじっくりと腰を据えて、あらゆる情報を断って、目の前で静かに流れていく世界を眺める。

静かな場所に身を置いて、自分の中を流れる音を聴いたり、昼夜問わず好きなだけ眠ったり、自然に触れたり。

自分のためだけの言葉を綴り、自分のためだけの絵を描く。自分のためだけに、ギターを鳴らす。

 

思い返してみれば、そんな時間のなかで生まれたものが、喫茶店であったり、わたしなりの精一杯の珈琲であったりもした。

 

だから、今はこれでいいんだよ、と思う。

世界はきっと、いまもそれぞれの速度で動いている。でもわたしが焦ることはなにもない。

また動き出したくなるときまで、わたしは好きなだけ安全な場所で、静かに自分の音を聴いていよう。

 

それが次の躍動に、新しい世界の目覚めに、きっと必ず繋がるから。

 

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