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On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

みっともなくてもなんでも

発信し続けてよかった。

そう思う今日この頃。

 

入院したことや、負傷の理由や、毎日の入院記。発信し続けてもうすぐ3週間になる。

 

正直、自分のみっともなさや、考えの浅さだったり、浮いたり沈んだりの弱さやだめなところを発信していくわけだから、シェアボタンを押すときにはいつも勇気がいる。

 

発信する理由なんてあまり考えてない。

発信したいときにはして、したいという気持ちが湧かないときにはしない。それだけだ。

 

でも、みっともなくてもなんでも、発信し続けてよかったと思うのは、記事を読んでくれた人がお見舞いにきてくれたり、お見舞いに来たときに記事のなかの登場人物(理学療法士さんや向かいのベッドのおばあちゃんなど)についてすでに知っていることや、あとはセルフヒーリングワークの本を送ってくれたり、身体機能を上げる効果のあるサプリメントを送ってくれたり、元気だせと特大バルーンを送ってきてくれたり。どれもほんとうに、わたしに力を与えてくれている。ひとは優しい。ありがとう。ありがとう。なんどもなんども言いたくなる。

 

なかでも昨日、ほんとうに発信し続けてよかったと思う出来事があった。

 

整体などに詳しい知人が、昨日のわたしの記事(http://naimachiaki.hatenadiary.jp/entry/2017/03/02/130038)を読んで、「病院側の曖昧な診断=おそらく仙骨骨折」について、意見を話してくれた。

記事の中で、理学療法士さんが説明するままに「仙骨と腸骨の間の隙間の箇所にヒビがおそらく入っているのでは」という表現をわたしは使ったのだけど、その人が言うには、厳密には仙骨と腸骨の間には隙間はなく、仙腸関節という靭帯で埋まっているのだそうな。

その方の話から、その靭帯が傷ついているのではないかと感じた。

 

 

 

その方の話を聞いて、自分の中で酷く合点がいった。そして仙腸関節について調べれば調べるほど、骨折じゃないのではという想いが強くなった。

なぜリハビリを頑張った日に限って夜中激痛で飛び起きるのか。

「骨にヒビ」のはずなのに、なぜ気持ち悪さを感じるほどの鋭い痛みが「身体の動かし方によって」起こったりおさまったりたりするのか。ヒビなら時間を経て修復されていくはずなのに、なぜ時間を経ても痛みが強いままなのか。

 

 

仙腸関節に炎症が起きている場合、レントゲンには炎症の様子がうつらないことと、患者の体を細かく動かしながら都度痛みの箇所や反応を確認する綿密な検査が必要になるため、普通の病院ではまずその診断が難しいのだという。そして、「保存療法=極力動かさないようにする」がまず行われるべきなのだという。

 

理学療法士さんは、何度も首をかしげ続けていた。なんでよくならないんだろう…。ほんとうに動かして大丈夫なのかな…。どうして写真に写らないんだろう…。どうしたらいいんだろう。どうしたら…。

 

これらの言葉を何度彼から聞いたかわからない。親身になって、一生懸命考えてくれていることはヒシヒシと伝わって来た。

ありがとうございます。と伝えながらも、昨日書いたように「多分骨折」みたいな言葉を聞くと、私はいい加減、ぼーっとしている場合じゃないのかもしれない。

 

 

 

痛み止めを飲むのをやめて、ありのままの痛みを感じた日の自分の直感は「動くな」だった。

 

 

治療を病院に丸投げにしないという気持ちがいよいよ固まった。転院や、病院側に再検査をお願いすることや、とにかく動かさないように自分なりに工夫して過ごすことなどなど、選択肢がぐっと広がった。

 

でもこの選択肢が広がることができたのも、 記事を発信し続けたことと、記事を読んでそれにリアクションをしてくれる人がいてくれたことが何より大きい。

Kさん、この記事も読んでくれているかわからないけど、ほんとうにありがとうございます。

 

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今日はひなまつり。

素晴らしい快晴。

きっといいことが起こる気がするんだよね。

 

 

追記1:

記事を読んで、仙腸関節のズレを治せるという方が、今日病院まで来てくれることになりました。神様…!

 

追記2:

担当の理学療法士さんが、今日のリハビリはお休みにして、マッサージだけをしてくれながら「やはり動かさない方がいいのかもしれないと思ったので、今日の病院の会議で、最初に骨折の診断をした先生に治療方針を変えてみることについて相談をしてみます。」と話してくれた。

どれだけ患者が日に日に動けるようになるかが理学療法士さんの評価となるようななかで、そんなアクションを起こしてくれるということに嬉しさで涙が出た。これだけ親身になって考えてくれるような人が担当になってくれたこと。自分の幸運を思う。ありがとう。もう、感謝しかないです。

 

健やかに怒れ

数日前の朝。

腰の強烈な痛みと身体の不自由さに対する辛さがかなり強く出ていた。
あまりに辛くて、強烈な痛みとやるせなさで全身にびっしょり汗をかきながらも絶望に飲み込まれる一歩手前で、望む未来の美しいイメージを頭のなかで膨らませていた。
物理的にはどうにもできなくても、必死の思いで掴んだ藁は「美しい未来を想像すること」

その情景は、とても眩しく鮮明だった。

心身共にぼろぼろでも、まだ私にはこんなに美しい未来を思い描く力があるのかと思うと、生きていくことに対して勇気が湧いた。

そしてそのあとに、私のなかで言葉が流れた。

「健やかに怒れ。自分を守るために、大切なものを守るために、怒れ。」

そんなメッセージだった。

 

 

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今朝、目覚めると全身にものすごい量の汗をかいていた。

 

夜の間中、患部に手を当ててヒーリングワークを続けていた。そのまま眠りに落ちて、次目覚めたら、おでこに手に腕に首に汗の水滴がびっしりとついていた。手のひらはふやけてしわしわ、パジャマの背中とシーツは汗でぐっしょりと濡れていた。

 

 

なにかにすがるみたいにヒーリングワークを続けている。いつも、何をするにも長続きしないのに、このワークだけは続けられている。

はっきりとした効果はよくわからなくても、とにかく自分で自分を癒そうとしつづけてる。

 

このワークをしていると体温が上がる。必ず37度以上、高いときだと38度近くまで熱が出る。そして大量の汗が出る。痛みは、膨らんだり和らいだりを繰り返しながら下半身を温かく緩め続ける。

不思議な体験がつづく。とても心地がいい。

 

 

 

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自分の命を投げてしまいたくなるときがある。どうしたら楽にいけるかなと考えることがある。動けないことを面白がれているときもあるし、最初に書いたように必死で何かを掴めるときもある。

だけど、ときには動けないことや痛みや、さみしさや心細さや、言いようのない虚無感に心が負けそうになるときがある。そんなとき、何もかもを投げたいという衝動が湧く。

 

でも今もこうして生きているのは、もちろん投げていないから。「投げたい」という気持ちが起きるときは多分「わたしについての誤認」が起きてるだけなんだと思う。

 

 

そのまま絶望感のなか身動きをとらないでいると、時間を経ていつの間にか勝手に浮上してくる。

もしくは、どれだけじっとしていても浮上できないときには、人に弱音を吐いてみる。

 

「ほんとうは、不安なんだ。」

一言口にするだけで。

 

「不安だよね」

一言返してもらうだけで。

 

小さな安心感がわたしの中で火を灯す。

その火は、暗い海の底から少しずつ、わたしを連れて浮上を始める。

  

 

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「千秋さんに必要なのは、安心感かもしれませんね」

 

リハビリ中に理学療法士さんがそう話したとき、深い意味はないだろうに、わたしは何故かとても腑に落ちた。

 

わたしは安心したいんだな。

ほんとそうだな。

安心して、笑っていたいんだな。遊んでいたいんだな。

 

わたしは弱い。怖がりだ。

欲深いし、気まぐれだし、根性なし。

いつも不確定で、不安定。

でもそれでいいんだ。そのままでいい。

弱いままでいこう。だめなままでいこう。

 

もう頑張らなくていいよ。

楽しいことだけしていたらいいよ。

心地よいことの中にいつもいたい。

それでいいよ。

 

たった一つのことだけを守っている。

自分の力で立ちたくて、自分の脚で歩きたくて必死だ。

それだけで、もう充分じゃないか。

 

 

誰に嫌われてももう全然いいよ。

わたしだけはわたしを手放さなければ、それでいい。

逆にこんなわたしだから、それでもいいよって好いてくれる人たちは、ほんとうにすごい人たちなんだと思う。わたしの方から好きにならないわけがない。

 

歩けるようになったら病院から飛び出して、美しい空間で、美しい景色のなかで、美しい音楽にあふれ、心地よい風と陽射しに触れながら笑っていたい。踊っていたい。遊んでいたい。

細胞の全部が喜ぶようなこと、わくわくするようなことに飛び込んでいきたい。

 

大好きな人たちと渾身のハグを。抱きしめ合いたい。温もりを確かめ合いたい。

生きていたい。

クララのばか効果

 

突然ですがアルプスの少女ハイジ、50話。

https://youtu.be/P2OIfR3M9bo

 

足の病気で車椅子生活を続けてきた少女クララ。ハイジのおじいさんの家で、立つ練習を続ける日々を送るも、怖がってしまってなかなか一人で立てない。

 

ある日、練習中に転んで投げやりになってしまったクララに、ついにハイジがぶちキレる。

 

「クララのばか!!!」

で始まるハイジの怒涛の喝。22:15あたりから。

 

この怒声があまりに凄すぎて、クララ、思わず立つ。という名シーン。

 

 

喝の内容を要約すると、

「ばかやろう、いくじなし、一生そのまんまでいやがれ!!!」

 

 

クララの境遇の方が今のわたしには共感しやすいので(リアルに歩けない)「ハイジ、すっごい言うな!笑」とおもいつつ、誰かこのくらいの喝を私に入れてくれたら案外あっさりすたすた歩けるようになったりするのかしらなんてことを考えていた。

 

これを、

『HSCE: How Stupid Clara Effect

  (クララのばか効果 )』

と名付けようと思う。


いつまでも落ち込んでる人、いつまでも後ろ向きになってる人、恐れてばかりで前に進めない人には、慰めよりも喝。

 


「ばか!いくじなし!一生そのまんまでいやがれ!!!」

 

 

『それはイヤですぱああああああん!!!!

   ✨✨\\٩( 'ω' )و ////✨✨』

 

 

と奮い立たされるようなやつ。

 

 

巷では怒りは嫌われがちな感情ですが、私は、怒りには愛も含有されてると思うんですよね。

 

怒ってばかりいるひとは嫌いだけどさ。

怒りを悪としたがるひとには言いたい。

「安直すぎやしませんか?」

 

徹くんが話していた怒りに対する見解がとても印象深く私の中に残っている。

 

「野生動物が怒るときの理由はたった一つ。

   自分の子どもの命が脅威にさらされたとき。」

 

ほら、愛。

 

 

余談ですが、ハイジの喝のときの表情がすごくいい。ふるふるしながら、怒りと悲しみと一緒に愛がはじけてるな!

と思う。ハイジ (〃ω〃)♡

 

あと、そろそろ一人も飽きて来たのでお見舞い大歓迎です。

だれか私にHSCEを引き起こすような愛の鞭ください♡(〃ω〃)

 

 

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「一刻も早く退院をしたい」

その願いが強くて、あれこれ試行錯誤(人体実験)をしている。

昨日は、朝昼晩と処方される痛み止めをことごとく飲まないで過ごしてみた。


薬をのんでると、ほんとうはどのくらいの痛みを自分が持っているのかがわからない。

わからないから、結構動けてしまう。

これは嬉しいことのようでいて、ちょっと気持ち悪い。リハビリなんてしないで、ただじっとしていれば、本当はもっと早く治るかもしれないのに、動きすぎることでかえって完治を遅らせている可能性もあるよね…?

なんてことを考えた。

ので、実験!


自分がいま持つ痛みをちゃんと知ろうと思った。こそこそと痛み止めの薬を紙に包んで捨てつづけた。

結果、わかったことは、「まだ、めっちゃくちゃ痛いやん…!!!(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)」ということだった。

 

これ動かないほうが絶対いいやつやん。。

神経?ビリビリいってますやん。。

 

あまりに痛かったので痛み止めは再開しているのだけど、変にリハビリ頑張るの、もうやめようと思った。

極力身体を動かさないように過ごして、セルフヒーリングワークだけはやり続けて、一刻も早い退院を目指そうと思った。

 

 

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一昨日、理学療法士さんから衝撃の事実を知らされる。仙骨の骨折ということで入院しているものの、なんと、病院側は骨折箇所を確認できていないのだという。レントゲン写真をどう見ても、見つけられないのだという。

じゃなぜ仙骨骨折ってことになってるの?

というと、「症状からみて多分仙骨骨折」という判断らしい。なんそれ!(´⊙ω⊙`)

 

骨盤は、仙骨が真ん中にあってその両側に腸骨という骨が左右に一枚ずつついている。

仙骨と腸骨の間には隙間があって、その間に『おそらくヒビが2箇所くらい入っていそう』とのこと。なんそれ!!!!(´⊙ω⊙`)

 

どのくらいの大きさのヒビなのかがわからないから、当初は2週間くらいで退院、と言ってたけど、どうやら経過をみていると全然そんなことなさそうです!と伝えられた。

なんそれ!!!!!!!!(´⊙ω⊙`)

 

病院っていい加減じゃないように見えて、結構いい加減だな!笑(´⊙ω⊙`)と吹いた。

 

引きつづきわたしは、人体実験をしながらヒーリングワークしながら、病院に自分を丸投げにしないで、でも得られる助けはたくさんいただきつつ、自分の身体の声をよく聞きながらやっていこう……と思いました。

 

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※画像はわたしの母(66歳)の手帳のメモ。素敵すぎたので拝借。

春の香りがする

1:15pm

わたしはたった一つのことも守れないのか、たった一つのことも覚えていられないのかと落胆しそうになる時がある。

落胆しそうになるのだけど、いや、落胆するのだけど、でも、落胆する必要ないな、というところに最後にはいつも行き着く。

わたしは、人間は、自然物だ。毎瞬間、自分でもわからないような速度で変化し続けている。

でも、たったひとつ、一番大切なものだけがお腹の下の方の、底の方に、「在る」

このことだけはきっと変わらない。

これは、一番大切なことなのに、一番忘れやすいことなのかもしれない。

でも、落ち着いて窓辺に腰掛けて、空を、山を、海を見て、深呼吸していれば、思い出せる。

一番大切なたった一つのものは、いつもここにある。

 

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6:20pm

人が好きだなと思う。

優しさも、労わりも、だめさも、残酷性も、美しさも、醜さも、突き動かされたり、躊躇ったり、見栄を張ったり、嘘をついたり、困惑したり、悲しんだり、怒ったり。好いたり、嫌ったり。頼ったり、求めたり。

 

人が好きだなと思う。

みんないろんな形で、自分を表出させたり隠したりしながら、自分を見つけたり見失ったりしながら、生きている。耳に届くようには聴こえなくても、細胞の全部が生きろと言ってるから生きてる。

 

人が好きだなと思う。

わたしはわたしを、不器用なりに愛しているなと思う。精一杯。

わたしはわたしを、抱きしめて生きていこう。これからは、もっともっと、大切に抱きしめよう。

 

そうしていれば、きっともっと、差し出される愛に気づけるようになると思うんだ。

いつだって愛されてる。

いつだってほんとうは、愛されてきた。

 

 

 

 

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3:00am

左の腰から大腿周辺に激痛が走る。

ナースコールで痛み止めの追加をしてもらう。

 

落胆があった。前日のセルフヒーリングワークがうまくいっていると思っていたから。

 

痛み止めが効いてくる頃、天井を見つめていたら涙が落ちた。わたしは弱い。

 

でも、弱くてもいいよ。

 

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9:00am

再び「クォンタムタッチ」の本を開いた。開いたところにちょうど、こんなことが書いてあった。 

 

「ヒーリングが進んでくると、痛みが一時期、著しく強くなるポイントがある。これは好転反応で、ヒーリングが進んでるということに他ならないので、そこを越えて完全に痛みが消失するまでヒーリングを続ける必要がある。」

 

そうか…なんだ…

 

と思ったけど、なんだかぐったりと疲れてしまって、引き続きワークをしようという気はあまり起きなかった。それよりも、眠りたかった。掛け布団を顔のほうまで深くかぶって、夢を見るほどに眠った。

 

 

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1:20pm

 

理学療法士さんがリハビリルームに行こうと迎えにくる。

車椅子がベッドから少し離れたところに置かれていたので、壁やベッドの柵に手をつきながら、少しずつ歩いて車椅子のところまで行こうとした。

あとから教えてもらったのだけど、その行為に理学療法士さんは驚いていたという。

リハビリで「歩く」ことだけに意識が向かっているときのわたしの顔は、必死の形相らしいのだけど、目的が「歩く」以外のところ(車椅子をとりにいく)にあるときには、あんなにも軽やかな表情で動作するんだ。そう思ったらしい。 

 

 

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1:50pm

リハビリルームの施術台の上に仰向けになって、理学療法士さんが時間をかけてマッサージとストレッチを施してくれた。

 

わたしが怖がる時に、一番力が入ってよくつってしまう箇所を、ゆっくりゆっくりほぐして、伸ばして。完全に脱力を迎えたところから、リハビリがスタートした。

 

歩行練習用のバーにつかまりながら、歩いた。足や腰のみならず、肩にも腕にもつい力がはいってしまいやすいことはもうよくわかったから、全身の力を極力抜いて、バーを握る手も極力ソフトに、握るか握らないかの強さで。

 

遠くのほうをみながら、ゆっくりと歩いた。

自分の脚で歩いている、という感覚があった。

静かな喜びで全身が満ちていた。

 

 

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2:50pm

圭吾さんのお話会@国立で知り合った友人・総長さまがお見舞いに来てくれた。

 

お土産に、桜のお団子や、「茶・プリン」という抹茶プリン(総長が紙袋からおもむろに取り出して「これ、茶プリン(チャップリン)」と見せてきた瞬間、爆笑して腰がつるかと思った笑)や、不二家のペコちゃんの真っ赤な紙袋にいっぱいのお菓子をもってきてくれた。

 

春の香りのするお団子を一緒に食べながら、1時間半くらい話をした。

 

総長は面白い。生き方が、真面目で真剣なのに、そこに必ず面白さをもって生きてる。面白がって生きてる、というか。そこに深い知性を感じる。色々悩みつつも俄然前向きだ。

わたしは、この人のこと、すごく好きだなあと思う。帰り際にハグをしてもらった。

一時間半の間、わたしは痛みを感じずにベッドにまっすぐ腰掛けていられた。

 

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今日もたくさん自分を感じた。

たくさんひとを感じた。

いい1日だった。

まだ早い時間だけど、もう眠ろう。

おやすみ世界。

Heal myself

友人が送ってくれた、リチャード・ゴードン著「クォンタムタッチ」という本を昨日から読んでいる。

 

どんなにいい本だよとひとから勧められても、私は堪え性がないので読んでいて興味が尽きるとすぐに本を閉じてしまうほうなのだけど、この本に書いてあることはとても興味深く、一日中読んでいた。

手を使って行う、とてもシンプルなヒーリング方法についての本。

 

本に書いてあるヒーリングワークを自分の体に試してはまた読んで、読んではまた試してと実験を繰り返していた。

 

結果だけ話すなら、痛みがかなり改善した。

毎晩、夜中になると痛み止めの効果がきれるのか、患部がしくしくと痛んで目が覚めてしまっていたのだけど、昨晩はぐっすり朝まで眠れた。患部とその周辺の筋肉の強張りが引いて力が抜けて、完全なリラックス体となっている下半身を感じた。すごい。

 

本の内容をここに説明しようとしてみたけど、書けば書くほど胡散臭い感じになる感が否めなくて、やめてしまった。

この記事を読んでくれている人にはただ、「本を読んで実践してください。もしくは私を呼んでください。痛いところや不調のあるところに、私が直接施術します。」となら言える。

 

本に書いてあったことで印象的だったのが、「ヒーラー」という職業は、厳密には存在しないのだということ。

そして、さらに厳密に言うならば、患者本人が実はヒーラーなのだということ。

どういうことかというと、「自分にしか、自分自身の意思によってしか、自分のことは癒せない」のだという。

 

一般的に職業が「ヒーラー」と呼ばれている人たちは、患者本人が自分自身を癒すための環境を整えたり、癒すためのきっかけを与えたりすることが役割なのだという。

自分の意思、自分の身体の意思、細胞の意思、生命力の意思。そういったもののみが自分を癒すことができる。

 

要するに、極端な話だけど、細胞の全部が死にたいと思ってるような人がもしいたとしたら、どんなに素晴らしいセラピー環境が整っていても、その人は治りようがないのだという。

あとは、いつまでも入院が長引いたり、病気ばかりしているような人は、自ら望んでその状態になろうとしている可能性があるということ。

 

 

前述した通り、昨日から本に書いてあるヒーリングワークを私自身に試してるのだけど、その行為をしているということだけで「自愛」の行為ということなんだと思う。とても気分がいい。

 

いま私の体温は、風邪の症状やだるさなど何もない、むしろ全身がほどよく緩んでとても心地よいのに、謎に37.8度。いま、全身が一生懸命毒を出そうとしてるのかもしれない。

 

 

 

この本を送ってくれた本人も、最近なぞの病で入院するも、この本を読んで最短退院が叶ったそうだ。

 

目に見えないもの、でも確かに「在る」もの。

 

これ以上は、うまく言葉にできる気がしない。

ただ私はいま、ベッドの上で、喜びにも似たような静かな感情の中で、呆然としてる。

 

 

このまま安心して、病院で毒を出してこようと思う。 

 

余談だけど、今回の一件は、来るとこまで来たんだなと。溜め込んできたものが仙骨の骨折という形で表出しただけで、必然な出来事だったんだなと。そんなふうに感じている。

 

(仙骨は人体の要でもあるのと同時に、過去のトラウマやカルマを溜め込む場所でもあるらしい。)

 

そして、病院という環境でしっかり守られながら一回死ぬだなんて、実に私らしいなとも思う。

 

この一人きりで自分の体に向かい合う静かなベッドの上での時間を、私はとても気に入ってる。

 

友人や家族のお見舞いも嬉しいけど、それよりも退院後の私と会うのを楽しみにしててね、と思ってる。

 

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私はもっと、落ち着こうと思う。

 

落ち着いているときの私と、変に怯えて、酷く視界が狭くなっているときの私との間には、大きなギャップがあると感じている。

 

前者が多分、本来の私に近いところの私だと思う。私の動物占いは「どっしりとした猿」

 

で、後者になっているときは、自分を完全に「LOST」していると感じる。身体反応としての強張りがある。これは多分、過去のトラウマが関係して都度都度、突出する私なのかな、なんてことを今回の入院中に考えた。

痛みに対する怖さや身体反応が、理学療法士さんに言わせると、かなり強くて他の人の比じゃないらしい。

後者のときの私は、言いたくないようなことを言ったり、やりたくないようなことをやったり、変にはしゃいで見せたり、とにかく落ち着きがない。多分、自分の中で勝手に作り上げた脅威から、何かを必死で守ろうとしている。

 

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私は経済的に、とても恵まれた中で育って来たと思う。育った環境も、身を置いてきた社会や文化も、受けてきた教育も、素晴らしかったと思う。でもそれらが素晴らしければ素晴らしいほど、影にあるものはなかなかに濃くて、周りの人には話せないような出来事が、過去にたくさんあった。

 

子どもの頃、迫り来る暴力に怯えながら裸足で夜の道を走って投げるような体験や、逃げ場のないところで理不尽に、陰湿な言葉と暴力で責められ続けるような体験。思い返すと結構してきた。

 

「過去の出来事やトラウマのせいで今の私が◯◯◯」みたいな話は、するもんかと思っていた。他人や起きた出来事のせいにしていて、自分の人生が動くもんかと考えていたから。 

 

でも、今回入院してみて、思った。

私は自分の傷を、もう一度よく確認した方がいい。この傷を、「自分自身の手ですすんで」癒してあげたほうがいい。

 

自分や、自分の中で時々作り上げてしまう敵との闘いを、もういい加減、完全に終わりにしてしまいたい。

 

恐怖はクリエイティビティを殺す。

わたしは、恐怖を殺してクリエイティビティを生かしたい。

 

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退院したら一番にやろうと思っていることがある。それは、温泉に入ること。気持ち三時間は風呂に入ってブラシで身体中を擦ろうということ。それと、海に入ろうということ。 

自分にいくらでも、「最高に心地よい」をプレゼントしたい。


海に入る場所は、マウイ島を考えてる。
航空券をずっとチェックしているのだけど、退院の目安日との間で睨めっこを続けている。

 

マウイ島、実は以前から移住することも考えていて、情報を集めれば集めるほど、行ったひとから話を聞けば聞くほど、自分に合いそうだなと感じてきた。


今回とりあえず一人で行ってみて、いいなと感じたら、子どもたちを呼んでそのまま住みついてもいいかな、なんて考えてる。子どもたちが日本に残りたいと言ったら、勿論それでもいい。

 

ラムピリカも大好きだけど、多分、もう手を離す準備はすっかり整っているんだと思う。

 

北海道旅行から入院も合わせて、私は今回、一ヶ月はラムピリカに足を踏み入れなかったことになる。随分身軽になったものだ。

 


歩けばスピリットに当たるという噂のマウイ島マウイ島のことをベッドの上で考えていると最高にワクワクしてくる。元気が湧いてくる。

 

こんな発想、もしかしたら、いま動けないことがが辛くて、現実逃避してるだけなのかもしれない。退院したら、あっさり、考えなくなっているのかもしれない。

でもそれでもいいかなって思ってる。

いま、まだ見ぬ美しく神秘的な島に想いを馳せる。それだけで、すこしだけ身体が軽くなるような心地がするんだ。

 

 

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退院後に待っている世界は一体どんな世界だろう。

 

もっともっと、私は美しい世界をみたい。

もっともっと、透明な私になりたい。

きっともっと、美しく生きる私を見てみたい。

安息日

昨晩遅くから患部付近が酷く痛みはじめた。

徐々によくなってきてる実感があったのに、なぜ。。。となった。

 

とにかく、痛い。

ずうんずうんと重低音が鳴り響く。

痛みに苦しみながら、昨晩は殆ど眠れなかった。

 

気持ちがただ落ち込む、とかだけなら、もうそれはひたすら元気になるまで待てばいいことだけれど。

 

痛いのは嫌だ。「なう痛い」が、痛い間ずっと続くから、本当に嫌だ。

逃げ場がない。きらいだ。

 

あまりに辛かったので、今朝、友人各位に

「いま超痛いです、辛いです、励ましてけろ…!   (´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)オロローン」

というメッセージを乱打しまくった。

 

結果、たくさんのおもしろ画像や、変顔集や、痛みを軽減するような記事、「お見舞いに行くよ!」という言葉や、「わたしも風邪で今辛いのよー。希望を持って、この辛さが過ぎ去るのを共に待とう…!」とか、「思い切り泣いてもいいのよ」なんてメッセージなどなど、次々に届いた。

妹は宇宙に関する大発見のニュースを送ってくれた。

http://sorae.jp/030201/2017_02_23_nasa.html

宇宙スケールで考えると、この痛みや私の日々の悩みなんてちっぽけなものかもしれないと思えた。

 

痛みを自力で即とる!という内容の本を、明日の午前病院到着でamazonからたった今送った!と言ってくれた友人もいた。

 

ひとつひとつのメッセージに目を通して、笑ったり、頷いたり、驚いたりした。

それから、友人たちに対して猛烈に湧き上がる感謝の念に任せるがままに返信をしていくうちに、涙がぽろぽろと落ちた。

嬉しかった。みんな、優しい。

段々と、痛みが軽くなっていく心地がした。

痛みにつられて心まで落ちていきそうだったけど、救われる思いだった。

 

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理学療法士さんに言わせると、リハビリが進んで来て、リハビリの運動による筋肉痛が患部付近で起こるという、リハビリにはつきものの関門を私は今くぐろうとしているらしい。

 

リハビリの進度が早いから、逆にこんなに早く痛みが来たのはよいことかもしれない、と話してくれた。

 

今日はリハビリはおやすみ。

理学療法士さんにマッサージとストレッチの補助だけをしてもらい、それ以外は一日中殆ど、平らなベッドの上で寝ていた。

 

向かいのベッドのおばあさんが、声をかけてくれた。「調子悪いの?いつもは朝起きるとすぐカーテンを開けるのに、今日は一度も開かないから…」と。

見守ってくれているんだなと思った。

だいじょぶですよ、、と言いかけて、やめた。痛いんです、リハビリ頑張りすぎちゃったと笑って言った。

 

そうなの。頑張ってるんだね。

痛いよね、今日は休もうね。

そう言って、お菓子をくれた。

 

 

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文章書くのも、本を読むのも億劫だったので、youtubeで好きな映画の好きなシーンを次から次へと観続けた。これは結構幸せな時間だった。見入っていると痛みを少し忘れられる。

 

 

あとは、最近眠る時にはよくこの動画シリーズを流しっぱなしにして、イヤフォンで音を聴きながら寝ている。

 

https://youtu.be/p_-RtJGrelw

 

ソルフェジオ。古代音階の周波数。

チャクラの状態を整えてくれる効果があるという。第1チャクラから第7チャクラまでシリーズになってる。真偽のほどはわからないけど、聴きながら寝ると、深く眠れることが多い。

 

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今日は殆どFacebookツイッターをみなかった。見過ぎると、なんだか世界に置いてきぼりにされていくような感覚が、今日は湧いてしまいそうだった。だから避けた。それくらい弱ってた。

 

私がこうして眠っている間も、痛みを味わってる間も、きっと好きな人たちは好きな場所で、笑って生きてくれている。そう思うと、少しだけ安心感が湧いてくる。

 

私は私の身体を、今はうんと休めてあげることに集中しよう。

ほんとうに、私の身体はよく頑張ってる。乱雑に扱ってしまって、怪我させてしまって、ごめんよ。

これからはもっともっと。大切にするね。

 

夜、痛みが引いて来たので、看護師さんに水筒に熱湯を入れて来てもらって、ドリップパックをマグカップにかけて、珈琲を丁寧に丁寧に淹れた。ゆっくり飲むと、ほう、、と息が出る。お腹から全身に向かって温かさが広がっていった。

 

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こういう日も、あるね。

ゆっくりいこう。

 

人の優しさが身にしみた1日だった。

 

言葉に溢れる

入院生活、ほんとうに暇をしない。

快復が進むにつれてエネルギーも充満して来ているのか、自分のなかで言葉が溢れすぎてしまい、頭の中から外にだしたくて纏めたくて、何かと書き続けている。

纏めきれなくてアップできていない日記は山ほど下書きに溜まっている。

 

あとは、ベッドの上でストレッチをしたり、立ったり座ったりの練習をしたり、ゲームしたり、本読んだり、ひとに電話をかけたり、メールしたり。

やること一つ一つが遅いのが功を奏しているのか、一日はあっという間に過ぎる。

 

ーーー

 2月23日(木)

 

10:00am

朝起きて、カーテンを開いたときからずっと雨が降っている。

明るい霧雨。街を山をきれいに洗い流していくみたい。

気圧の影響なのか、昨日よりも痛みが鋭い。今朝、自分でも思っていたよりも痛みに呻いていたみたいで、隣のベッドのひとから「看護師さん呼びましょうか?」と声をかけられる。朦朧としながら、大丈夫です…!と返す。

雨の日は、いつもより痛むというひと多いですね、と理学療法士さん。

天候一つで体の状態が簡単に変わる。人間はどこまでも自然物だなと思う。

 

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11:30am

今日のリハビリももっぱら歩行の練習。歩行器を使って。昨日よりも痛みは強いものの、練習2日目とあってか両脚が昨日よりもずっとラクに上がるようになった。

昨日の速度の倍近い速さで歩ける。理学療法士さんに補助してもらいながら、やったー!よっしゃー!歩けますね!歩ける…! 調子に乗って歩きまくっていたら、左大腿部から左腰にかけてが久しぶりにビキン!とつった。痛みに悶絶しながら、車椅子で病室に送還される。

うん。無理しないでいこうね。と思った。

 

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1:30pm

母が入院手続きの関係で来院した。

チョコレートをお土産に買ってきてくれた。私の大好きなリンツのチョコレート。

嬉しい…!と、もらったときは思ったのに、一口食べてみるとさほど感動を覚えなかった。「あれ、こんな味だったっけ…?(´⊙ω⊙`)」

拍子抜けした。

入院生活で、砂糖を取らない日々が二週間近く続いて、なにか味覚や体質が変わったのかも知れない。

 

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2:30pm

 

雨が上がり、水色の空が顔を出した。それに伴ってか否か、午前中の強い痛みがだいぶ引いてる。

 

車椅子で行ける範囲であれば自由に行動していいという許可が出たので、隙あらば入院病棟のフロアを乗り回している。

ベッドから車椅子への移動、最初は痛みに震えながら10分近くかかっていたのが、今は10秒くらいでできるようになった。

今も、「患部が痛くなりませんように…」と意識しすぎると、決まっていつもの筋肉の強張りが起きて地獄のような激痛に発展するのだけど、そうならないようにするためのコツを見つけはじめた。

「患部以外のものに関心を移しながら移動する」という至極単純なものなのだけど、これ案外すごく大事だった。

窓の外の景色を眺めながら。時計の秒針を目で追いながら。周りの人の動きを観察しながら、などなど。患部とは全く違うことに集中しながら移動をすると、変な力が入らないのか、案外つらない。

一番のお気に入りは、九九を声に出して言うこと。特に、7の段や9の段を逆さまから唱えながら移動をすると、ほぼ確実にスムーズに移動できることがわかってきた。状況を何も知らない人から見たら軽く狂人かもね。でも必死。

 

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3:30pm

母に付き添ってもらって、車椅子で病院の正面玄関から少しだけ外に出た。実に二週間ぶりに外気を吸った。

目の前の道路はたくさん車もバイクも走っていたし、そんなにきれいな空気じゃなかったかもしれない。でも、冷たい外気が清々しくて嬉しくて、目一杯深呼吸をした。

 

ついでに玄関のすぐ脇のコンビニにも立ち寄った。二週間ぶりのコンビニはとても新鮮だった。

食べるもの、着るもの、行くところ、なにもかもを自分では選べなかった日々から、車椅子に乗れるようになって(範囲は狭くても)望む場所へ望む速度で行けるようになった。

些細なことかもしれないけど、今の私にとっては「なんて自由なんだ…!」叫びたくなるほど嬉しい。

 

買いたいものなんて何もないのに、不必要に商品棚の周りをぐるぐるぐるぐる、何周もしてしまった。買い物がしたくて、母に半ば無理やりフルーツ牛乳と大福を買ってあげた。

 

自由に動けなくなること…「いつもの当たり前」が「手の届かないもの、『当たり前』ではなくなったこと」はほんとうに大変な体験だと思う。可動域が少し広がっただけで、「幸せの幅」がこんなにも広がるものなのかと驚愕している。

 

 

一昨日は、10日ぶりくらいにシャワーを浴びた。身体をタオルで拭くだけだった日々を越えて、熱々のお湯を身体に浴びた瞬間は「おまいがっ…!(*´◒`*)♡」思わず声が出た。

 

少しずつ動けるようになってきたことで、いま、1日の中に小さな喜びが溢れかえっていて、ひとつひとつを噛み締めている。

 

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5:00pm

今回の一連の出来事、はたから見たら災難だと思う。思いもよらぬ大変なアクシデントだと思う。ちょっとした一大事だと思う。

 

でも、ひとに迷惑をかけまくっているのにすごく不謹慎かもしれないけど、そんな中でもふと、「なんだか、面白いな…」とほくそ笑んでしまう瞬間が結構ある。

 

私の人生、ほんと、ギャグかドラマかコントか。とにかく、すごいことは何もしていないし、私自身は何かをやらかしてやろうとかも全然考えていないのに、実に退屈しないなと思う。

 

多分、この状況に深刻になろうと思えばいくらでもなれるし、実際深刻さに「はまってしまっている」ときもある。だけど、ふとしたときに、自分の人生を、自分の身体から少し離れたところで傍観しているような感覚になるときがあって、そんなときはふっと笑ってしまうのだ。

 

いつか死ぬときは、もしかしたら私は笑っているのかもしれない。ほんっとーにいろんなことがあったな、実に愉快で、面白い人生だったな。とね。

 

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7:00pm

 

この病院にたどり着いてから、ずっと気になってることがあって、それは看護師さんの多くが何か医療行為や生活補助をするときに「ごめんね」と言うこと。それも、何度も。

細かいことかもしれないけど。そして多分、皆さんあまり考えて「ごめんね」を使ってないんだろうけど。私は気になってる。快か不快かで言ったら圧倒的に後者。だって不自然。あまりに無責任に使ってないか?という気持ちになる。

看護師さんたちがごめんねを頻繁に使う理由を詳しく問うたり解明したりする気はないけど、そして「やめてください」と言うつもりもないけれど、ただ、こういうのがいつのまにか自分に浸透しませんように、とすごく思ってる。