On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

旅日記番外編 〜幸せになる覚悟はあるか?

昨日。自分的に本当に良いブログが書けたなと思った。

 

旅日記番外編 〜『先にはじめてる人』

http://naimachiaki.hatenadiary.jp/entry/2018/01/06/154750

 

書き終えて、幸せな気持ちのままバイク旅に出発した。

 

快晴。美しいヴァンビエンの山々に田園風景。陸橋をいくつも越える。偶然出会った牛の群れ。気持ちのよいせせらぎ。

 

途中で撮った写真を、休憩で立ち寄ったカフェのWi-Fi使ってブログに追記して。


わーーーもー大満足も満足!帰るかな!

そう思って宿へと向かう。

 

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本日のバイク走行距離、約25㎞ほど。

舗装されていない道路の凹凸道に、何度バイクごとジャンピングホッピングしたかわからない。それでも1度も転倒しなかった。

 

 


…のに!

 

 

なんと宿まで残すところ200m切ったというところ。突然、道路右端の民家から鶏が意味不明の猛ダッシュで飛び出してきた。

 

 

!!!!!(´⊙ω⊙`)

 

 

避けようと、ハンドルを右に素早く切る。

前輪が砂利道のでこぼこに捕まる。見事にこける。バイクと一緒に3m位スライディングした。

 

 

最後の最後で…
なんなんでしょうこれは…?GOD?

 

 

こけた状態のまま微動だにせず、ただ呆然とする。

 

ワーワー言いながら集まってくるラオスの人たち。上からのぞき込まれる。バイクを起こしてくれる。ペットボトルの水を持ってきて怪我をした箇所を流しなさいとジェスチャーする。優しい。

 

これは自分で後から思い出して笑ってしまったのだけど、転倒してから私が1番に、咄嗟にチェックしていたこと。それは、自分が怪我をしたかどうかよりも、その時着ていたうさとの服上下…先日のラムピリカでの展示会で頂いた大切な洋服が破れていないかどうかということだった。

 

こんなに大事にしたいと思える洋服にこれまで出会ったこと、あっただろうか?肘とか膝とか、破れていないかを確認する。

 

そこで驚愕する。肘も膝もしっかり傷が出来て血が出ていたのに、なんとうさとの服は少しも破れていなかった!!

 

何このプロテクション力。すっごい!!!(´⊙ω⊙`)

 

からしっかり手作りで丁寧に作られているのも知っているので、さすがだなぁと思った。土まみれの傷だらけのぼろぼろなのに、一人ふるふる感動した。

うさとの服を着てなかったら、もしかしたらもっとひどい怪我になっていたかもしれない。

作ってくれたうさぶろうさん、ラオスとタイの人たち、そしてこの服を運んできてくれた豊田さん。ほんとにありがとう…守られちょるばい😭

痛さよりも感動が勝る。その場では。

 

集まってきたラオスの人たちに、大丈夫大丈夫とジェスチャーして、起こしてもらったバイクに再びまたがり最後の200mをゆっくり走る。

 

宿につくとまっすぐバスルームに向かって、汚れた衣服と血の出ている箇所を洗い流した。

ふう、いろんなことが起こるなぁ…


そんなことを思いながらシャワーを浴びていると、急激に。ほんとにこの旅で初めてって言っていい位、強烈な不安が湧き出してきた。急に弱気になった。

 

事故とは全然関係ないのに、

「私のやってることは間違ってるんだろうか」

とか

「今日はずっと、あんなにしあわせな気持ちだったのに、もしかしたら、私はまだ自分がしあわせになることに抵抗とか罪悪感があるのかなあ」

「だから事故が起きたのかなあ」

 

って、極端なネガティブモードに急速に突入してしまい、心細くなってしまい。

 最終的にはめちゃくちゃ泣いた。

 

みずきと鈴が今私と離れたところでどうしているのか分からなくて、そのことも急に怖くなった。

 

あんなブログ書いたあとにいきなりこれですか、ってもう情けないのだけど。

 

「信頼するって決めるのはやっぱり怖い。」

 

って、ちゃんと出てきた。


この感情が出てきてしまった以上、誤魔化したり無理やりポジティブ方面に奮い立たせてもきっといいことない。
あるものは、ある。いいとか悪いとかない。

 

よし泣け泣けと自分に言わんばかりに、泣いた。

 

怖いよー!わー!うわー!😭

 

出てきた感情は、出し切る必要があるから出てきているんだと思う。一番大事なことは多分、出てきた感情を無視しないこと、あとはその一時の感情で「次のことを決めない」ってことだと思う。

何が起きても、本当に望む方はどっちなのか、って、改めて目線を行きたい方に合わせることだと思う。

 

何か神様みたいなものがいるのだとしたら、何度でも試されてるみたいだなぁ、という気になってくる。

 

「お前には、ほんとうに幸せになる覚悟はあるのか?」

 「美しい世界をクリエイトしていく覚悟はあるのか?」

 

手厳しいぜやれやれ…。

 

 


泣くだけ泣いて、涙を出し切って、
「はーっ、すっきりしたあ!」
「よし、出し切ったからもうだいじょうぶ!」

 

500% 肚決めろってことだな、もう振り返らなくていいよ!!

 

そう強く思って、肚の底から「うおっしゃーー!!」って叫んでガッツポーズとったりしてたら、絶妙なタイミングで部屋の扉がノックされる。宿のラオス人スタッフさん達がどやどやと部屋に入ってくる。手には応急処置セット。

 

スタッフの超元気な女の子のうち1人が、なぜか片言の日本語がしゃべれるひとで、

 

「ドシタノー!」
「コロンダー!イッタイネー!」
「ハイコレ、スル!!」


有無を言わさず赤チンを傷に塗りたくられる。

 

ギャー!!!いってえええ🙀
悲鳴をあげる。赤チンって全然日本で見なくなったなー!
ガーゼをばしっと貼ってくれる。

 

「ハイコレ、ノム!!1日三回デス!」

痛み止めと抗生剤を渡される。
飲みたくない、薬嫌いと言うと

「ノマナイトー!ダメデショー?!!」

叱られる笑笑


ついでになぜか、プラスチックカップに入ったビールも渡される。

ハイ、夕御飯、一緒タベルヨー!カムカム!今日ハー、ミンナデ、タベル!!

 

外のテラスに連れ出されると、そこではスタッフ5人くらいと宿泊客7人くらいで、何種類ものラオス料理と何本ものビール瓶を囲んで宴会が繰り広げられていた。

この突撃力高めの親切な人たちに、急に力が抜けてしまって、ブッハ!!!😂って最終的には大爆笑してしまった。

 

やー、いろいろあるけど、結局世界は愉快痛快でありますな!😂さんきゅー世界!!

またしても7カ国位、国籍バラバラの言語もバラバラの人たちで深夜まで飲み食べ喋り笑った。

ふと見上げた夜空には、誰が放ったのだろう、ランタンがいくつか飛んでいた。ビールを一口ずつのみながら、いい心地で眺めた。

 

短いひとり冒険の時間も終わり。今日はみずすずさんの待つビレッジに帰る。

 

 

“Humor is Future.”

旅日記番外編〜『先にはじめてる人』


2018.1.5 Dongmakkai
これからここに書くことは、心配性の私の母が読んだらひっくり返るような内容だ。(多分、読むんだろな…)

エコビレッジに滞在をはじめて一週間がすぎる。さて、そろそろ移動するかと子どもたちに伝えると、衝撃の回答が。


「やだ。」

え!やだ !??(・∀・)

旅の終わりまでここにいたいという。
友達もできたし、ビレッジの犬や鳥たちは可愛いし、ご飯も美味しいし、好きなだけ寛いで過ごしていられる。そんなあたりが、理由。


「いつここを発つんだい?最初は2泊の予定だったよね。笑」
オーナーのヴィンセントに聞かれて、私はそろそろ旅立とうかと思ってることと、だけど子どもたちの要望はこうなのよねと伝える。
するとヴィンセントまですごいこと言い出した。

「ここに子どもたち置いていって、君だけどこかに旅行してきていいよ!ぼくたちファミリーが面倒みるよ!」

ななな
えっ😐
なんと!!!

みんな面白いことばっか言うから笑っちゃう!よろしくお願いいたします!

そんなわけでいま私は、ラオス北部を目指すバスに乗っている。ひとりで。

突然始まったひとり旅。
突然始まった海外ホームステイ。

旅先でたまたま知り合ったファミリーに子どもたちを預ける。
普通に考えると多分、すごい話。

だけど一週間このエコビレッジに滞在してみて、ここに流れてる空気を感じて、その上で私の中にあるのは「ここなら大丈夫」という安心感。

私も日本で場を作っていたからなんとなくわかる。この場を作った人がどんなことを愛しているのか。どんなことを目指して、どんなことを大切にして、この場を育てているのか。

「多分、ここはラムピリカとそう違わない未来を見ているんだろなあ」

そう思えたから、ヴィンセントが提案してくれた時驚きさえしたものの、不自然さや不安は感じなかった。


ヴィンセントのビレッジのいいなと思うところは、宿泊者を無防備に信頼しているところだ。

ビレッジのいたるところにロックというロックをかけ始めたら、いくらでもかけられるところを、ほとんど全くと言っていいほどかけない。

大きな冷蔵庫から水やビールやジュースや、好きに自分の飲み物を取り出してOKで、会計は後日の自己申告制。
レンタルバイクは有料だけどレンタル自転車が無料。しかもとてもクオリティのいいマウンテンバイク。お金を取ろうと思えば取れるけど、自転車を使って欲しいから無料なんだと思う。環境に優しいから。
さらにそのレンタル自転車にはロックがついていない。乗って出かけた先々ではロックつけないまま自転車を放置しておくわけだけど、ラオスの人たちにとってかなり高価な自転車なんだろうけど、盗まれたりするようなことがないらしい。

「ヴィンセントが先に世界を信頼してくれている」

ロックをかけた分だけ不信が生まれる。
ロックを外した分だけ信頼が生まれる。
もしかしたら世界は、そんな図式で成り立っているのかもしれない。

なんだか私は、ここに仲間を見つけたような嬉しさを感じている。

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2018.1.6. VangVieng
最後に東南アジアを旅したのはちょうど1年前位。そのときから、この一年くらいの間で面白い変化がいつの間にか自分に起きていたこと、今回の旅に出て確認している。

それは、一言で言うなら「いとも簡単にぼったくられる」と言うこと。笑

以前は、こちらが観光客だとわかると高い金額をふっかけてくるトゥクトゥクの運転手などに、負けてなるものかと値段交渉していた。

だけど今回の旅では、不思議と、わーふっかけてるなぁと思いながらも、言われた金額をそのまま払っている私がいる。
不思議と、「負けた」とか「騙された」とか、以前のように思わない。

お金が十分にあるわけではないので、正直きついなぁと思うこともあるんだけど、それでもどうしても、もっと安くしろと言う気にならない。

なぜなのかよくわからないけど、私にはえもいえぬ「気持ち的な余剰」がある気がしているのと、そもそも東南アジアでこんなにゆったり長期旅行をさせてもらえるのも、所謂「先進国」が、所謂「発展途上国」から搾取してる図式がまだまだ全然あるからだよなあと思う。そう思うと、言われた金額は決して高くないと思えるし、あとはなんだろう、「世界にお財布は一つ」って概念が好きなので、お金(富)は失われているようでいて失われていない。そんな感覚が湧きやすい。
夢見てるだけなのかな。だけどこの自分の感覚を無視して行動することができない。

ラムピリカで自由料金制をやってきたのも、この変化に大きく加担していると思う。『労働に見合った対価』とかそういう概念、きっとそのうち世界からなくなる。
後は、2018年からは、自分の作り出すものに対して自分が欲しい金額を、自分からしっかり表現していこうと決めているところがある。だから、ぼったくろうとしてる人も、欲しい金額を素直に言っているという点では私の先輩かもしれない笑


とはいえ、「自分のことをリスペクトした上で他人も大切にできる人のところにいる。そうじゃないか所からはすすすと離れる。」という習性が私にはどうやらあるので(自分の行動見てるとほんとそう笑)、そういう意味ではヴィンセントのビレッジは、完全に先にヴィンセントの方からこちらを信頼してくれていること、あとはヴィンセントが自分のビジョンを信じていることーー「ただビジネスがしたいわけではない。それよりも、もっと未来にいいことがしたい。」という方向性が手に取るように感じられるので、自然と滞在期間が長くなっていったんだろうと思う。

さて、長々書きましたが。
突然始まった、初めての海外ホームステイ&海外ひとり旅。
みずすずさんは今頃どんな時間を過ごしているんだろう。

一夜明けて私はいま、ヴァンビエンというヴィエンチャンから北にバスで5時間ほど進んだ村に一人でいる。

朝起きて、バンガローの外に出たらこんな景色。最高。

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これからバイクを借りて、あの山々にもう少し近づいてみたりしてみようと思う。

↓近づいた後の追記。

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最後に余談的メモ。

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「完璧だ」と思えるような瞬間が人生には時々訪れる。
自分の感受性を守ると決めて生きてきた自分へのご褒美なんだと思う。

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西洋の人と話していると、ブンとかボンとか、ブクシュルルルル(墜落音?)とかピュヒュルルルル(口笛)とか、いろんな音がするから面白い。
言語が全然通じなくても、アクションとその効果音?だけで案外会話が成り立ってしまったりするからすごいなと思う。
まじ、表現力、ですな!

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アジアに来てからほんとうに、びっくりする位、みずすずさんと姉妹に間違えられる。
カフェで食事をしていたら、隣の席に座っているベトナム人一家のお母さんが「私たち3人のお母さん」と勘違いされていたこともあった笑

 

昨日のバスで一緒になった日本の大学生の男の子からは、同年代ちょっと上くらいに思われてたらしい。

単純に、うれしい。(〃ω〃)

みずすずがいつのまにかすっかりお姉さんになってたんだなってこと。あとはそれだけ私の顔が緩んでるってことなんだとおもう。

今回の旅を支援してくれた人たち。
行っておいでよと背中を押してくれた人たち。
ラムピリカを借りてくれた人たち。

私のいないラムピリカを守ってくれている人たち。


…みんなの顔を思い浮かべる。
心から、感謝の気持ちを伝えたい。
私はいまとても幸せだ。

 

追記その2 ↓

バイク旅の途中。たまたま見つけた川で遊んでたら牛御一行さま。いっぱいきた笑

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幸せなわたしを日本に持ち帰って、2018年もいいものたくさん、クリエイトしていくぞー!(^O^)

 

 

“Humor is Future.”

旅日記 中編

なにもしないぞ、空っぽになるんだぞ。

 

そう決めて二週間くらい前に出てきたNippon。

 

そもそもなにもしないって。
空っぽになるって。


そんなん全然無理だったな!だってハプニングも楽しいことも次々起こるし!
Facebookでラムピリカや友達の様子覗いてもなんだかたのしさ盛りだくさんだし!

 

 

思いながら、ラオスはヴィエンチャンの田舎町、先週から滞在しているエコビレッジのカフェでキーボードをたたく。

 

空っぽになる、はどうやら無理だったけど、愛おしい日常から物理的な距離をとったこと、寒い日本から逃げて心身がゆるんだこと、とりあえず何も決めずに海を超えてみたことは、やっぱり大正解だった。心に身体に時間に、余剰がある。気持ちのよい風が吹き渡っている感覚がある。

 

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ーー

 

旅の途中、思うことのあれこれ。


1.困った!は共有すると、友達増える。体験も増える。

 

旅に出てからほぼ毎日、一人になれる時空間をみつけると踊っている。

踊り過ぎたのか、2日前から右脚のふくらはぎに鈍痛が。
踏み込むとずううんと痛い。なにこれ😭

 

エコビレッジにたどり着いてから早5日。
あまりに居心地がよくって予想外の長居が続いている。

だけどそれでも今日こそは旅立とう。

そう思っていたのだけど。

 

実は脚痛いねん…旅立とうか迷ってんねん…

今朝、オーナーのヴィンセント(イギリス人39歳)にぼやくと、
「なんてことだ!知り合いのラオマッサージのスペシャリストのところに連れて行くよ!」
と、即、まだ寝起きのぼさぼさ頭のままバイクの後ろに乗せられる。
美しすぎるラオスの田園風景を走ること5分。
湖と田畑と小さな牧場に囲まれた場所。

「ここには全部がある!」

天国みたいな民家に到着。

 

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そこで、瞳が透き通っていて、それでいて眼光がやけに強いというホーリー感漂うおばあさんを紹介される。

招かれるがままに、田園風景を背景にした背術台に寝そべり、1時間のラオスマッサージを受けた。

痛いところ、コリのあるところにピンdeポイントで攻めてくるおばあさんの腕もさることながら、笑顔の可愛さも、環境の素晴らしさも、あまりに極楽で。昇天した。

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身体がすっかり軽くなった帰り道。

ヴィンセントのバイクで食用昆虫の工場と(のぞいた瞬間「ふびあおおおお」って変な声出て即逃げた)ラオシルクの機織り工場に寄る。
昔ながらの木製機織り機。キラキラのシルク糸。たたん、たたんと静かで丁寧な手仕事。

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大興奮する。

うさとの世界…!!!(?)

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ヴィンセントと、機織り工場のおばあさん。

 

工房で金色のシルク糸の束を見つけて、きれい、ほしいと言ったら、けらけら笑いながら「バッグにこっそりしまいなさい」とジェスチャーするおばあさん。てきとう😂

 

 全部流れだったし、迷惑はかけたけど、脚が痛いと言ったおかげで眼光コスモクラスのおばあさんと素晴らしいマッサージと、心地よすぎる施術台と機織り工場、それに美しすぎる田園風景に出会えた。(虫はまあいいとして)何よりヴィンセントの思いやりに触れた。

「困った!」をひとりでなんとかしようとしたら生まれなかった体験。
「困った!」が生まれたら、一人で抱え込んで深刻になるべからず。

さらっと共有しよう。

その方が、案外面白い展開になったりするもんだし、ヴィンセントやおばあさん達との触れ合いが生まれて楽しかった。いい思い出になったな…

 


2.境界はほんとうはない。そう思うと安心する。

 

 

人との間に境界は、ほんとうはない。そう思うと妙に安心する。

そんなことをよく感じる今日この頃。

 



 

これは海外に来ても通用するのかな?

日本人だろうとそうじゃなかろうと、共通言語があろうとなかろうと、いけるやつなのか?

旅に出てからずっと実験してみてる。

 

結論から言うと、全然通用する。

むしろ、言葉なんてなくてもお互いが開き合ってさえいれば全然分かり合えるんだな…という体験をしてる。

(高校時代、インターナショナルスクールで必死になって英語学ぼうと思ってた時は日本人とすらコミュニケーションとるの難しかった。笑   力んで、閉じてたんだな。)

 

英語の喋れないスペイン人のミゲルに、母娘そろって蝋糸で編むブレスレットの作り方を伝授してもらったり。

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共通言語ゼロの多国籍軍子どもたちがいつのまにか同じテーブルに集まってお絵かき大会の折り紙大会の繰り広げていたり。

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関係性を深めていきたいときにも、初めましてのときにも、久しぶりの再会でも、さようならをする時も。

たとえ相手に嫌われてしまうようなことがとがあっても、もしくは相手に対して不快感しか生まれないようなときでも。


「ほんとうは境界はない。」


そう思うだけで安心感が生まれる、素直な自分にかえっていける。

「今は一緒にいると不快な気持ちにしかなれないから仕方ない」と安心して距離をとったりもできる。

 

 

昨日は満月。ビレッジでできた友達(国籍で数えると7以上)でキャンプファイアーを囲んだ。子どもたちが薪や枯葉を集めてきて火を絶やさないでいてくれるから、いつまでも話し込んでいられた。

言葉もろくに通じ合わないのに、一体なぜあんなに会話が途切れなかったのだろうと思う。

アートの話、音楽の話、人のオーラの話、目に見えない世界の話、政治の話、旅途中のエピソード、そしてこれから地球にくる未来の話…

 

境界は、ほんとうはない。

 

そう思うだけで、沈黙までも楽しめるようになったりするから不思議だ。

 

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3.学校行ってる場合じゃない

旅に出てから娘たちができるようになったこと、新しく体験したこと、あまりにも多過ぎて書ききれない。

 

なかでもすごいなと思ったのが、英語の会話を聞いていてニュアンスを掴めることが増えたり、言語が通じない友達と遊ぶようになったり、外貨換算(日本円⇆タイバーツ、ラオスキップ、ベトナムドン)が早くなってきたり、あとは空港での出入国審査自分でできるようになったり、「当たり前ってすごい」とか、「当たり前って、実は当たり前じゃない!」と知ることだったり。。(手桶で流すトイレに旅の前半で遭遇しすぎたため水洗トイレのすごさを知るなど。)

 

日本だけが答えじゃない。日本だけが世界じゃない。世界は広い。

文化も法律も国の数だけ。答えは無数、人の数だけ、いやそれ以上。
そんなことを、旅のなかで「肌を通して」吸収していってるんだろうなと思う。

学校で学べることと、学校で学べないことがある…ってのはもう当たり前の話だけど、次々変わる真新しい環境に文化に柔軟に対応して、なんだかんだいつも一番楽しんでる彼女らをみていると、「学校行ってる場合じゃないな!」なんてつぶやいてしまう。笑

 

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市場にいるふたり

 

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み「歯磨き粉の味がする」

す「スイカの味は、しねえ」

 

※凝視注意

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 豚の頭、羊の頭、羽根のむしられた丸鶏。食用昆虫にカエル。

最初は市場に踏み込んだだけで「吐きそう!」ぎゃあぎゃあ言ってたのに結局この写真はみずすずに頼まれて撮った。順応早すぎ。

お姉さんのポーズの可愛さと豚さん(頭ハーフ)が見事なコントラストを生み出しています。

 

 

4.速い旅もゆっくり旅も楽しい

飛行機に飛び乗ってあっという間に国を跨ぐのは楽しい。その速度に興奮する。文明万歳!って思ったりする。非日常すぎる雲の上からの景色に、とんでもなくハッピーなインスピレーションが降りてきたりもする。

鉄道やローカルバスに揺られてゆっくり進むのは楽しい。バス停はどこだ、どのバスに乗ったらいいんだ、チケット売り場はどこだと拙い言葉で訪ね歩くのはRPGみたい。人の親切に触れると温かくなる。バス停もないのに一体このバスはどんな仕組みで止まったりまた走り出したりしてるんだ。バス代を払って降りて行く人と払わないで降りていく人がいるけど一体何なんだ。…退屈する暇もない。笑

 

速いのも、遅いのも。どっちも楽しい。
方法を決めない。いろんな方法を行ったり来たりする。
いつまでたっても、新鮮な楽しさに巡り会える。

 

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5.私がいないラムピリカが最高にいい感じ

 

旅の間、長期間ラムピリカが空っぽなのが勿体無いなと思い。あとは、旅の資金を少しでも調達できたらなと思い。

年末年始、ラムピリカを大々的に貸し出すという所業に出た。結果、ほとんどの日が予約で埋まることになった。

いろんな使い方を提案してもらった。旅の足しにしてくださいと大目にお金を渡してくれた人もいた。

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ラムピリカの常連さんが開くイベントに近所の人が遊びにきていたり、ラムピリカとは違う文脈で知り合った人がイベントに遊びに行って繋がりが生まれていたり、憧れのカフェのオーナーさんが開店してくれたり、逆にあの空間を一人きりで独占して静けさや読書を堪能するという素敵な使い方をする人がいたり…

 

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なんだかすごくいいなと思った。ラムピリカの使い方がどれもみんな個性的で、毎日いろんなカラーがあって面白い。

人が自然と集うようになっていて、各々がラムピリカの空間を好きなように楽しんでいてくれて、ほんとうに嬉しい!

 

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今回のチャンスを生かして、ラムピリカを使って遊んで、楽しんでくれた人たちみんなに言いたい。ほんとうに、ありがとうございます…!こんなに嬉しいことってない。

私がいなくても、もうラムピリカはいよいよ勝手に自由に回るんだなと。そんなことを目の当たりにできて、ああなんでもやってみるもんだな、思い切って開放してほんとうによかったなと。改めて思った。

 

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ラオスの初日の出。

 

 

 

さて、そろそろ。

次の場所へと移動を始めようかな…。

 

 

“Humor is Future.”

2017年締め。旅日記前編。

2017年。本当に、よく生きたなあ。いい仕事もたくさんしたなあ、とおもう。

 

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くるくるとまわりすぎた頭をクールダウンすべく、一週間前、わたしは娘たちを連れて行き先を決めない旅に出た。

 

今は流れ流れて、タイ南端ランタ島の、おそらく一番標高が高い場所にあると思われるバンガロー。夜風あたりの心地よいバルコニーでこの文章を書いている。

 

遠くに暗くなった海が見える。静かな虫の声がそこかしこで聴こえる。蚊取線香を焚いて、滅多に吸わない煙草を蒸し、娘の淹れてくれた珈琲を時々口に運ぶ。

ゆっくり、2017年のことを思い出している。

 

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バルコニーからの夕陽。江の島で沈んだ夕陽が、しばらくするとここで沈むんだな…なんて考えながら眺めていたら、友人から「今日の江の島の夕陽」と写真が届いてタイミングのよさに笑ってしまった。

 

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どこにいくんだか、迷走気味にはじまった1月。
いきなり仙骨傷めて入院の2月。
心も身体も魂も?痛くて痛くて、前世&来世分も気持ち泣いたでしょってくらい泣いた浄化の3月。
世紀の大失恋をしたと思った4月。
なんだかぐちゃぐちゃして死んでた5月。
友人が喫茶店に呼び戻してくれた6月。
友人が喫茶店の危機を救ってくれた7月。
怒涛のイベントラッシュスタート。タブーに飛び込んで風穴が開いた8月。
お父さんバンクが生まれた9月。
頼もしい協力者が、仲間が、次々集まり始めた10月。
「ラムピリカ、ちゃんと育ってた!」周りの人に教えてもらった11月。
「お前は、そんなもんじゃないだろう。」強烈なメッセージが届きつづけて肚がきまった12月。

 

 


そして今。私はちゃんと、さらっと、新しい恋をしている。
世紀の大失恋は、インパクトは確かに大きかったけれど、思っていたほど世紀の大失恋ではなかった。只中にいるときはわからなかったけど、なんだちゃんと前に進めるもんだなと思う。懐かしい思い出にはいま、とても爽やかな風が吹いている。

 

 

出逢いも別れも、いいことも痛いことも、たくさんたくさん起こった日々だったけれど。


振り返ればシンプルに思う。

 

「まじで、全部の出来事、一個も外せない、全部必須項目だったな…!!!」

 

人生はおもろい。人生はドラマだ。

一つ一つの出来事が紡がれて、こうやって今日も人生は続いていく。
わたしが世界の、どこの空の下にいても。

 

生きていてよかったと思うことが最近多くて、旅立ちの前に人生初、自主的にご先祖様のお墓参りをしてしまった。


「命をつないでくれてありがとう」


って、照れ臭いけど、生まれてはじめて素直に言いたくなったから。

 

 

 

この旅では一旦クールダウンしつつ、2018年からの新しい未来図を、描きたい新しい世界のカタチを、描けたら。そんな風に思っている。

 


ーーー

 

以下は旅日記。

 


12月20日

朝6時に船橋の実家を出発。5分前まで年末の展覧会の絵を描いていた。

旅立ちの直前までイベントラッシュ。時間がない中でよくやった方だと思う。

ほんの三週間くらい前に誘われた展覧会への参加、思い切って飛び乗ってよかった。

ずっと怖かった、『絵を描く』ということ。

一度は真剣にやりすぎたからこそ、怖かった。

だけど今回の制作時間の中で、「ほんとは私は、もっともっと、絵を描きたいんだな」って気づくことができた。とてもいい機会になった。CHAPAWONICAありがとう。あなた達の無茶振りは、人を元気にする、人を開くエネルギーがあるね。個性爆発アーティスト13人が集う展覧会は大晦日まで。

https://www.facebook.com/events/165423100859295/?ti=icl

 

 

 

成田空港を発ってベトナムハノイへ。
現地時間の午後3時頃到着。空港近くのホテルに移動。

 

フロントで教えてもらった、地元の人に人気だという食堂で夕食。
おかずのラインナップに「これイモムシだよね」があって全員テンション一時下がるも、その他のおかずと白米とスープの美味しさにど肝を抜かれる。ベトナムご飯すごい!!!すごい!!!!!
少食偏食気味の娘たちが何杯もお代わり。

 

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食堂の人に撮ってもらった。指入ってた。

 

 


12月21日
ベトナムからラオスに入り、そこから南下してタイに入るコース」を最初思い描いていたものの、ベトナムのあまりの寒さ(16度)に参ってしまい、すぐにバンコクに飛ぶ。
南へ!暑さ、暑さください!!!

 

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バンコク市内滑走のトゥクトゥクでテンションMAXの我ら。

 

 

バンコク到着から滞在時間もそこそこに、夕方にはホアランポーン駅からさらなる南を目指して夜行列車に乗る。

 

私はタイの夜行列車が大好きだ。のんびりのんびり、田園風景から都市部のスラム街から、くぐり抜けるみたいに夜の間中ひた走る。

 

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世界のどこにいても折り紙。

 

 

美味しいお弁当やおやつをカゴいっぱいに入れた物売りの人たちが、途中の駅で停まるたびに乗り込んできて、やさしい笑顔でどう?って聞いてくる。子どもたちと、好みのものを選んで買う。

 

暇つぶしにギターを弾いていると、近くの席の白人カップルが「Louder!(もっと大きな音で!)」と言うから照れ臭くて笑う。

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寝台列車の座席は夜が近づくと2段ベッドになる。
真っ白ぴかぴかのシーツが張られたそこに寝そべると、電車の心地よい揺れが背中から伝わってきて、深く深く眠りに落ちていく。

 

 


12月22日
車窓から白い光が射し込んでいて目覚める。5時。

二段ベッドは箱椅子の座席に戻され、窓の外を流れていくジャングルみたいな田園風景をぼんやり眺めながら、髪をとかしたり朝食のりんごをかじったり。

 

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8時。タイ国鉄の最南端、トラン駅に到着する。

 

駅を出てすぐのツーリスト会社でランタ島行きのチケットを手配する。トゥクトゥクとマイクロバスを乗り継いで3時間移動。

 

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バスの中。器用に眠る。

 

 

Easy Life Bungalowというオーガニックファームの中にある宿にたどり着く。

 

通されたバンガローのバリアフリーっぷり(主に虫さん向け)に三人で驚愕するも、まあ人間慣れるもので。

夜に出現したツキノワグマみたいな模様の巨大Gを、みずきがその辺にあったプラスチックカップで捕獲、窓から外に追い出すという適応っぷりだった。強い。みーちゃんまじかっこいい。

 

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ウェルカムドリンク。その場で椰子の木から切り落としてくれた。最高にフレッシュで喉ごし最高の美味。

 

 

12月23日

 

私が当たりくじを引く。
昼ごはんに食べたソムタム(パパイヤサラダ。大好物😭)が大当たりした。


その後3日間、何を食べても下してしまうし戻してしまう。ウルトラデトックス期突入である。胃がキリキリ、ずっと痛いし気持ち悪い。

 

みずすずさんはそこそこ気遣いながらも、楽しく勝手に過ごしてくれていてよかった。んだけど。

こちとらお腹痛いって言ってんのに時々、「ねーねー!海行こうよ!一緒に泳ごうよ」「ねーねー!レンタルバイクでどっか行こうよ」などなど、忘れた頃に何の悪気もなく何回でも聞いてくるものだから。

 

ついに腹痛開始から3日目の夜。

「何回も痛いって言ってんじゃんほっとけってまじで!!!!!⚡️⚡️」

ブチキレてしまった。


言ったあとでやるせなくて情けなくて本気で泣いた。

 

「ごめんなさい…😭」子どもたちも泣いた。

 

今こそ言いたかった、

「お父さんバンク、ください。。。😭」

 

いくら子どもたちが大きくなったと言っても、やっぱり私一人だとなかなかにきついな。。。

特にこういうトラブル時。

 

江の島に帰ればみんながいる。お父さんバンクもある。

江の島に、瞬間移動で帰りたくなってる私がいた。

 


12月24日

一日中バンガローのカフェでゴロゴロして過ごす。お腹は相変わらず痛かったけど、ギターを弾いたりノートに落書きしたりオーナーの子と遊んだり。

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ベンチで寝そべりながら、うっすらと汗がにじむ程度のほどよい暑さがありがたかった。

 

みずすずは、オーガニックファームの中で仔犬の姉妹を見つけて一緒に遊んでいた。
W姉妹。可愛いな…。
眺めているだけで癒された。

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12月25日


バンガローの人たちはほんとうに、体調の悪い私に対して家族みたいによくしてくれたのだけど、体調が悪い上にバリアフリーすぎる(主に虫さん向け)のバンガローにこれ以上滞在するのはストレス過多だったのと、あとは、こどもたちのエネルギーの発散場所が必要だなと感じて移動することに決める。交通の便は悪いけど、島の天辺にあるプール付きのバンガローへ。

 

「エアコンある?!Wi-Fiも?!!よっしゃー!!」
「プールあるの?!よっしゃあああああ!!!」

 

天下取ったぜみたいに喜ぶ彼女らを見ていて、ああまじでこの現代っ子お姫様たちは私だけの手には追えません早く全世界にお父さんバンクください。。。
と再び思いました次第!!!(業務連絡)

 

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12月26日

「お腹空いた!」って久しぶりの感覚がやってきて早朝に目がさめる。
前の日に買っておいた真っ赤なドラゴンフルーツにナイフを入れる。

ジューシーな果実を齧る。
お腹の様子をみる。

 

…。

 

痛くない。
痛くないぞ!
やったあああああ抜けたああああ😭

 

というわけで、元気になっていきなり次の移動先を決めたくなって、決める。


長年行きたいと望んできたラオスへの航空券を予約。明後日出発。


ラオスベトナムの北にある。寒いかもしれないけど、南の島ですっかり心身温まったからもう大丈夫。(適当)

 

「当たり前だけど、今更だけど、3人で旅行するってめっちゃお金かかるな…😨」

と、ご飯食べるたび移動するたびごそっと減っていく残金に恐れおののく。

だけど、やりたいことをやる、行きたいところへ行く以上に優先順位の高いものなどない!(?)ということで肚を決める。
明日死んでも後悔しないように。

 

と、ここまでバルコニーで書き追えて部屋に戻ると、みずすずさんは昼間二人で商店に出かけて大量に買い込んだフルーツ…熟れた特大マンゴーにザボンにみかんに、ナイフでばさばさ切って、殆ど食べきってしまっていて笑った。よく食べるね。成長期だね。

 

東南アジアの片隅、平和な夜が流れてる。

 

 

 

前編、とタイトルに書きましたが、後編とか中編があるかはわかりませんが、
To be continued...

 

”Humor is future.”

さらけ出すことの功績

深く尊敬する友人がいる。

彼女の名前は藤井みのりさん。

突出して鋭く繊細なセンサーで感知される、彼女の世界のこと。
ブログ上で言葉に表されて、これまで多くの人の心を突き動かしたり、自由や勇気を与えたり、生き方に広がりを生み出してきた。
http://sexrecipe.hatenablog.com

 

このブログは、私を含めたたくさんの人に「愛ってなんだろう?」感受性の深いところから揺さぶられるような、真っ直ぐな問いを与え続けてくれたんじゃないかと思う。


そんな素晴らしいブログを綴り続けてきた彼女が、鬱になった。しばらくの間、活動をすべて休止することにしたという。

ここまで、全身全霊でこの世界を味わって、駆け抜けて生きてきた彼女だからこその結果だと思う。

 

「さらけ出すことの功績」
という言葉が浮かんだ。

自分のありのままの姿をさらけ出す(表現する)ということは、本当にエネルギーと勇気のいることだと思う。
たくさんのリフレクトを受けるし、そしてその姿はたくさんの人に実際、エネルギーと勇気を与えてきたと思う。

たくさん与え続けてきてくれた彼女に、今度はこちらから、助けになるようなことを与えられたら。

 

生きて、とは言えない。彼女の命は彼女のものだから。

ただ、生きていてくれたら嬉しい。
そう強く思う。


私も、6年前に鬱になった経験がある。
だから知ってる。まずは休息の時間、空白の時間が必要なんだということ。
お金のことも義務のことも生産性なんかも、一度何もかもを忘れて、ただ自分の心地よさや楽しさを優先させてあげる時間。

だけどそれには、現実的な話、お金が必要だ。生活費の他に、心療内科に通うためのお金もばかにならない。

だけど彼女には今、お金を生み出すようなエネルギーは残されていないし、そんなエネルギーを絞り出したらきっと死んでしまう。

 


みのりさんの「休息の時間」を確保するための資金をpolkaで募集します。

https://polca.jp/projects/1dsuiZjE3M4

 

生活費と通院費に使われるほか、少し体調がいい時には空気のいい場所に遠出したりということもいいんじゃないかなと思います。だから、金額は多ければ多いほどいいと考えています。

 

そして、支援してくれる方たちにお願いしたいのは、支援の見返りや、彼女の復帰を期待しないでほしいということです。願ってもいいけど、本人に伝えないでほしいのです。「頑張って」なんて、決して言わないでほしいということです。
なぜなら、もう充分すぎるほど、頑張ってるから。

 

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彼女が鬱になった時、1番に思い出したことがある。
それは私が鬱になった時、生きる気力なんか全然ない私のために、黙って、私や子どもたちの世話をし続けてくれた人たちの存在。

それは私の両親だったり姉妹だったり友人だったりした。
彼らの助けがなかったら、ほんとうに、今の私は存在しない。

 

いま、私にできることはなんだろうと考えた。

 

「恩送り」という言葉を使うのなら、私がもらった恩を、今度は次の人に送る番なのではないかと思った。

 

一人ではたくさんのことはできないけど、みのりさんのかわりにたくさんの人に「助けて」って言うこと。

私にできることは、それなんじゃないかなと思った。

 

これが正しいことなのかどうかなんてわからない。ただ、何もしないでいることを選ぶことは、到底できそうにない。

どうか、ここに共鳴してくれる人の気持ちが、優しさが、たくさん集まりますように。

生きていてよかったって心の底から思えるような、素晴らしい景色に彼女がこれからも何度でも出会えますように。

 

 

表現しよう。動こう。さすれば全ては解決する。

(Facebookから転載)

 

あと1時間ちょっとで師走ですね。

昨日ビール二杯飲んだら、まさかの超強力二日酔いがきた。。
今もあだまいだい…😭

布団で唸りつつ、心は元気なので、ぽちぽちとここのところ思うあれこれを。

(画像は三日くらい前にみずきに隠し撮りされたもの)

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『表現しよう。動こう。さすれば全ては解決する。』

 

最近満を持してお父さんバンクと言う仕組みをリリースした。

http://otosan-bank.com

簡単に言うのなら、世の中にはきっと自分の得意技や時間やお金を持て余している独身の大人がたくさんいるから、その人たちとシングルマザー(労力も時間もお金も割とかつかつ気味?)をふわっとポップに結びつけちゃおうという仕組み。

私自身がシングルで、喫茶店に集まってくれる人や元旦那さん、それに両親など、血縁関係あるないによらず本当にたくさんの人に助けてもらって子育てしているなあと、そして案外一人一人の得意な分野でそれぞれ助けてもらってるなあと気づき、そこが発想の着火点になった。

「お父さん100人いたら何しちゃう?!」

この言葉を口に出して言ってみたときの無敵感、やばいな!笑
と思った。

お父さんバンク、出発地点としては『シングルマザー×お父さん』でスタートしているけれど、既婚者の人がヘルプをお願いしてもいいと思うし、既婚者も独身者も女性でも子どもでも誰でも、「お父さんしたい」と思ったらみんな自分の得意分野で「お父さん」になっていいと思う。要するに、自分の得意技を誰かのために使ったらいいと思う。「喜び合いの世界観」を体感できたらいいなと思う。

家族の境界線を越えて、役割や義務や責任の枷を外して、誰もがもっと気軽に、自らの意思で自由に人とのつながりを作りに行ける。人の優しさを体感できる。そんな世界になったら。

そんなことをイメージしてみると、なんだか未来には希望しか見えて来ませんか…?

ーーー

さて、ここからは長めの余談になりますが、お父さんバンクを作ったことで私自身に起きた変化を書かせてもらいますね。

お父さんバンクを作ってから、いろいろな変化があったのだけど、特に面白かったのが私の中で「実のお父さん」に対する感じ方が変わってきたこと。

父のこと、昔から本当に苦手で、というか今も多分苦手なんだけど(全然会ってないから忘れてる&わからない)あとは何か、「全然家庭を顧みない人」みたいなイメージを持ちがちだったのだけど、最近父に対して不思議と感謝の気持ちが湧き上がってくるようになった。父は父なりに精一杯、父なりの信念を持って家族を守って愛を注いでくれていたんだなと、最近素直に感じるのだ。

お父さんバンクを作ったあたりからは如実にその思いが強くなって、ついには父や母を産み育ててくれた人たち、命をつないでくれたご先祖様に感謝したい気持ちまで湧いてきてしまって、来月、人生初自分の意思で御墓参りをします。さらに、「電話がかかってくると取らないのがデフォルト」なくらいには苦手なはずだった父母を、自ら御墓参りデートに誘ってしまった。これも、人生初。笑

いやー、人生、何が起こるかわかりませんね。
自分って、人間って、いくらでも変わるもんですね。おもろい。

以前は父親に言いたいことを言う時、恐怖で震えてた。
本音を言ったらものすごい怒られるとか、拒絶されるとか、怖くて怖くて仕方なかった。

だけど、なんだろう。血縁関係にある家族の外にも自分を開いて、安心できる居場所をたくさん作ることができたからなのかな。最近は多少震えながらでも、思っていることを父親に伝えられるようになった。

そして、素直に伝えれば、案外ちゃんと父親は話を聞いてくれるし、こちらの気持ちを理解しようとしてくれるなという体験をしてる。

これも人生初なんだけど、先日父にLINEで

「おとーさま!年末年始、みずすずと長期旅行に行きたいからお小遣いをください!!」

と思い切ってお願いしてみた笑。

何かと実家の家計が大変なことは聞いていたし、昔は超こわいお父さんだったので、怒られるかな、、、と怯えつつ。

結果は、

「う〜ん、無理だなあ」

と素直で可愛いお返事が。笑

いつかみずすずも一緒に、みんなで旅行に行きたいねと続いて、断られてるのに、嬉しさでちょっと泣いた。笑

ーー

お父さんバンクやラムピリカでの活動を通して、家族の広がりの可能性を目の当たりにしてきたここ数ヶ月。
血縁家族の外の人たちに、人とのつながりに対する安心感を与えてもらった。
おかしな図式かもしれないけど、その安心感を持って、再び実の家族とのつながりを信頼し直すことができた。

そんな感じかな。

お父さんバンクもラムピリカも、そしてそこに集う人たちにも、最高に、感謝。生きていてよかった、ほんと。こんなに素晴らしい光景にまた出会えるなんてね。

ーー

結婚しない人が増えてると最近よく聞く。離婚率も高い。
それって、結婚に対する魅力やメリットがそれだけ薄れてきてるってことだと思う。もしくは結婚のハードルが高すぎるのか。

私もかつては結婚していた時期があるから思うのだけど、既存の結婚体制だと、1人のお父さん、もしくは1人のお母さんが背負うものの多さが半端なくないか?ということを時々思う。家族に優しくしたくても、たくさん与えたくても、余裕がなきゃ、余剰分がなきゃ、すり減らすことでしか与えられなくなってしまうのでは?

結婚するって、要するに家族を作るってことだと思うのだけど、1つの家族を家庭内のメンバーだけでなんとかしようとしすぎるから大変になるんじゃないのかな、と。

みんなが必死で老後の心配とか貯蓄のこととか世間の目とか気にしなきゃいけない社会って、たぶん、いろいろ貧しい気がする。たとえ有り余るほどのお金を持っていたとしても。
そしてその類の貧しさは、家族の枠さえ軽々飛び越えてしまえば案外解決する、なんてことが圧倒的に多いんじゃないかなと思う。

社会を変えようとするよりも先に出来ること。それは、今目の前にいる人に向かって自分を開くこと。そうすれば嫌われたりすることもあるけれど、真っ直ぐなつながりだってきっと生まれる。

『表現しよう。動こう。さすれば全ては解決する。』

冒頭になんでこのタイトル書いたのか。結局あまり説明しないまま終わりますが、まあでもそういうことかなと。絡まった糸を解くには、動こう。表現しよう。そうすれば世界が動く。自分の望む方へと動く。最終的には、きっと望む世界が待っている。
そんなことが言いたかったのかな。

そんなこんなで、千秋、世界が最近面白いです。

 

 

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がるるるるるるる!!!!(菜食)

幸せになっていい

自分は完全に「言葉の人」ーー起きたことの全てを言葉で「整理」しないと前に進めない人、だと思っていたけれど、最近そうでもないなと感じる。

 

 

なんだか最近ふわふわと幸せで、あえて言葉に表して外に向かって発信しなきゃいけないことなんてあるかな。

 

そう思いながらも、「今のわたし」はわたし史上わりと[いい感じ]なので、今の感覚を、感じていることを、すこしでも記録しておいてみよう。

 

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本当に、自分の幸せを優先して生きていていいんだなと、最近つくづく思う。毎瞬間の思いを外に出していいんだなと思う。


自分の幸せの余剰分で、身近な大切な人たちにまっすぐに大好きだと言える。素直に抱きしめようと思える。やさしくしたいと思える。

 

欲しいものは欲しいと言っていい。
嫌なものは嫌だと言っていい。
頑張りたいときには頑張ればいい。
なんだかがんばりたくないなぁという時は堂々サボればいい。
食べたいものがあるならカロリーとか夜だからとか気にせず食べればいい。

それはもう心地よく食べたらいい。
行きたいところがあるならお金も時間も気にせず行ったらいい。
なんだか辛いなというときには誰かに話したらいい。

自分が楽になる考え方をあっさり採用すればいい。
寂しさが湧いてくるときには誰かにハグを求めたらいい。

 

…でも最近感じていることは、誰かにハグを求めるよりも先にやったほうがいいこと。どうやら、あるみたい。それは、

 

「自分で自分を抱きしめること」

 

それが思う存分できて、その上で改めて誰かとするハグは、なんというか、もっと深くて、もっと温かい。

 

 

私が私にするハグは、一人きりになること。

一人だけの景色を見に行くこと。

一人だけの空間で自由に、体が動くがままに任せて舞うこと。

 

あふれてくる。内側から。

世界は私の内側から生まれることを、この目でこの体感で確認しているのかもしれない、なんてことを思う。

 

 

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私のことを大切にしてくれる人を大切にすることは、私を大切にすることにつながるんだな、と。そんなシンプルなことを静かに感じる日々だ。

 

大切にする即ちただ相手に同調すればいいということではない。素のままの自分、相手にとっては不都合かもしれない自分でも何でも、開示していくことなんだと思う。

 

正直さでしか、世界は正しい速度で回らないのかもしれない。勇気を持ってありのままの自分を開示し続けることは、この上ない誠実さを伴った愛なのかもしれない。

 

だからもう恐れなくていい。

恐れてしまうときもあるけど、何度でも『大丈夫』って言ったらいい。目の前にいる人の目をまっすぐに見つめてみよう。ほら、大丈夫。

 

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「千秋ちゃんは、思わず大切にしたくなるような、特別にしておきたくなるような、守りたくなるような、そんな感じがあるんだよ」

 

 

最近、親しい友達にそう言われて、もともと自己肯定感が低かった私は嘘だあなんて思った。

でもそのあとで、よく考えるとそうかもしれないと思いなおした。

 

丁寧に丁寧に、過去を思い出してみる。

これまで私のことを大切にしようとしてくれた人たちはたくさんいた。私が、その気持ちを受け取らないできただけだった。

私だけがいつも、私が幸せになることを最後のところで許せないでいた気がする。

 

 

彼女の言葉を、ちゃんと受け取ろうと思った。今私の近くにいて、私を大切にしようとしてくれる人たちの愛をまっすぐ受け取ろうと思った。

 

でも、こんな風に思えるようになったのも、自分で自分のことをほんとうに大切に、渾身の力でハグできるようになったからなんだと思う。

 

その上で誰かとするハグが、より深いものになるように。

 

 

なんだかふわふわと幸せが増してきて心地が良い。いいな好きだなと思うものは、落ち着いて静かに待っていれば、向こうからやってきてくれるようになってきたから世界はとても不思議で愉快だ。「なんだか世界にすっかり降伏しているな。」そんな感覚になることが多い。

 

 

 

頭がますます悪くなった気がする。
でもそれでいいよって思う。

不感症になるのとは訳が違うんだ。
私は私を、もっと研ぎ澄ませて、もっと心地よくさせてあげておいたらいい。

 

生きていればいろんなことが必然的に起こるわけで、わざわざ自分から悲しみや不安や孤独を掴みに行くようなこと、もうしなくてもいい。

 

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自分の初期設定は書き換えていい。

何度でも、何度でも。

人間は自然現象なんだから、固定しなくていい。何かの枠に当てはめなくていい。

変わらなくていい。そのままでいい。

ただ、だれもが自分を、[ もっといい感じの自分 ]にアップデートすることはできる。これからも。何度でも。

 

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私を大切にしてくれている人たちに、なんかいいねって喫茶店に集う人たちに。そして私を、一番大切にできるようになった私自身に。

 

心からの、ありがとうを言いたい。

愛してるぜ。 

 

 

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