On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

お父さんバンクアップデートの可能性

愛知県豊田市の虐待死のニュースを受けて、
おヒデさんとLINEしていたら、こんな言葉が自分から出てきた。
 
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なんかさ、「子育てって辛くて大変」っていう前提を、握りしめたままなかなか手放さないお母さんがまじで多いなって思うの。
 
そこの切り替えスイッチを、もっとわかりやすく押せるコンテンツにならないかなー、お父さんバンク。
 
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私も、全然、ニュースが他人事だと思えない。
離婚したのが、瑞稀が3歳、鈴が1歳の時。
双子みたいなもんだ。
家事・育児・仕事の全部を「ひとりで!」って頑張ってたときは
「息つく間もない」という表現がまさにしっくりときた。
余裕がなくなって、思考能力を失っていった。
 
こどものことが大好きなのに
「子どものこと、本当は愛せてないんじゃないかな」
「私はダメな母親なんじゃないか」
って、自分のこと信じられなくなるような
心配になるような言動をしてしまうことが増えて、何度も何度も自己嫌悪に陥った。
 
心身のバランスを、一度完全に失ってしまって、
ついた病名は「鬱」
 
生きていくのに希望を見出せなかった時代が、確かにあった。
 
 
でも、自分の本音を、本当の願いを、取り戻し続ける日々の中で、
少しずつ自信も、取り戻していったように思う。
 
 
私は間違いなく、子どもたちが大好きだし
希望を選び続けたいんだ。
 
辛いことを選び取りたいわけじゃない。
ただ、幸せに楽しく暮らしていたいんだ。
 
 
余裕がないとね、この希望や愛や、幸せでいたいっていう願いの全部を
思い出すことすらできなくなってしまう。
 
これは、確かに、
極限の状態にまで追い詰められたら
 
誰にだって起こりうる。
 
 
---
 
 
 
茶店に来るお客さんの中には、
「子育てが大変で大変でしょうがない」
って、話す人がたまにいるんだけど
 
確かに大変な面もあるんだけどさ
 
その人の行動見てると、四六時中、子どものやることなすこと全部を管理しようとしてることが多い
 
あれもやっちゃダメ、これもやっちゃダメ
こういう場面ではこう言うべき
こういう場面ではこう振舞うべき
 
ずっとずっと、子どものことをじっと見てる
 
「管理することが子育て」
 
って思ってるから、そりゃ大変だよなって思う
 
 
 
あとは子どもにかけてる言葉は全部
お母さんがお母さん自身に内側でかけ続けてる言葉でもあるんだろうなって思う
 
 
すごく難しいし勇気がいることだってわかった上で言うけど
 
私だってすごく時間がかかって、試行錯誤でやっといまの状態にまでなれた上に今でも揺らぐことあるけど、でもあえて言うけど
 
 
子どものこと、もっと信頼していいのになって思う
もっというなら、自分のことも
 
 
 
命を落とすような危険からは、そりゃ守ったほうがいいと思う
子どもの力じゃどうにもならないことから、守るのは大人の役目
 
でも、本当はもっとほっといていい
怪我したらいい
痛い思いして学んだらいい
ずっと仲良くなんてしなくていい
喧嘩したらいい
人の嫌がることやり続けたらちゃんと嫌われるんだって知ったらいい
一緒に遊べなくなるんだなって知ったらいい
ごめんなさいって言いなさいじゃなくて
ごめんなさいって言うとどういうことが起こるのかとか
ありがとうって言いなさいじゃなくて
ありがとうって言うとどういうことが起こるのかって
 
自分で学び取るまで待ってあげたらいいんだと思う
 
 
大人だって、ああしろこうしろ指示 出されまくったら普通にむかっとくるし
「わかってるよもう」「うるさいなあ」
って反発したくなる
 
子どもの方が大人よりも何倍もセンサー敏感なんだから
余計に反発したくなるに決まってる
 
 
もっと言うなら、
子どもをなんとかしようとする前に、多分、親
自分なんだと思う
 
人間は、自分を見ることしかできない
子どもを通して自分に出会う
パートナー、家族、友人を通して自分に出会う
 
本当は、これしかできない
 
 
理由もわからないままギャン泣きしつづける子は、
理由もなくギャン泣きしたいお母さんの代わりに泣いてる気がする
 
他人に迷惑かけてばっかりいる(ように見える)子は
他人にもっと頼りたいって思ってるお母さんの代わりに他人に迷惑かけてる気がする
 
ただの勘でしかないけどね
 
 
理由もなくギャン泣きしたい自分も
他人にもっと頼りたいって思ってる自分も
認めろ、なんてすぐには言えないけど
見てあげるだけでいいと思う
 
そんな自分を「見る」ことって。
人によってはすごく怖いことだけど
でも他の誰でもない、自分さえ、丸裸の自分、そのまんまの自分を見てあげることができれば、案外満足しちゃうもんだ
 
どんな自分も見てあげられたら
多分、子どもとの関係も、パートナーとの関係も、家族、友人、職場の人、誰でも。根底から変わる。人間関係が激変する。
 
 
 
。。。。って!
また真面目に考えすぎて書きすぎてしまたーーーーー!
真面目にあれこれ考えるのが好きなんだなあ、ほんま。w
 
 
 
で、一番言いたかったことは、
 
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なんかさ、「子育てって辛くて大変」っていう前提を、握りしめたままなかなか手放さないお母さんがまじで多いなって思うの。
 
そこの切り替えスイッチを、もっとわかりやすく押せるコンテンツにならないかなー、お父さんバンク。
 
 
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この切り替えスイッチ。
わかりすぎるやつ。
一発で、「ハッッッッッッッッッ!」となっちゃうような
無言の説得力あるやつ。
 
なんか作れないかなって。
ここに、お父さんバンク、アップデートの可能性を見たわけです。
 
これ読んで、ぴんときた方はぜひお知恵をお貸しください。
 
 
 
今こそ、
 
Humor is Future.
 
ですね!
 
 
 
追記)
と、ここまで書いて投稿して、Facebookを開いたら、
おヒデさんの投稿に
「お父さんバンクをもっと届けたい」「繋がるって希望だと思う」
と書かれていた。
 
そうだね、と思った。
 
私はつい厳しくなりがちで、「自分と向き合おうよ」とか言っちゃうんだけど、おひでさんはいつも冷静で、そしてとても優しい。
一緒に組めていることが、ありがたい。
 
 
自分と向き合うことが、好きな人もいれば苦手な人もいる
だから、「親こそ自分と向き合うべき」って主張は、なんか厳しめだなって思った
 
自分と向き合ってる間にも、子どもは育っていくしね
子育てをしてる親御さんたちが、
今この瞬間、楽しくなる、気が楽になる、肩の力が抜ける
 
そういうのだよ
「もっと楽しくなっちゃっていいんだよ」
 
って
もっと優しく、それでいてわかりやすく、面白おかしく!
 
伝えられるようなコンテンツに、もっと育てていきたいなあ。

眠っていた片割れをたたき起こす

友人の紹介で、とても面白いカイロプラクティックの先生のところに行ってきた

 


すべて紹介制の予約制

インターネットで場所を調べると、口コミがいくつか出てきて、そこには


「首チョップの元祖」


というワードがたくさん出てきて

 

 

なにそれ笑笑

めっちゃ面白そう笑笑

 


ということで、その場で電話予約した

 


で、本日初受診

等々力の住宅街の中にあるそのお家に入ると

とても肌艶が綺麗で、目に強く深い光をもち、聞いているのが心地よく深みのある声のおじいさん先生が案内してくれた

 

最初に15分位の触診

 


先生は私の右腕をひねり左腕をひねり、右足首を回し左足首を回し

もうそれだけで右と左がどれだけ違う動きをするかが

自分の体が歪んでいるかがあっという間にわかってしまう

 


どちらがスムーズに動いていてどちらに詰まりがあるのか、わかりやすいほどにわかってしまった

 


そしてこれは以前から自分でも感じていたことだけど、私は左半身の感覚が、右に比べると極端に鈍い

右が利き腕だと言うのも原因の1つかもしれない

 


それにしたって、私の鈍い左半身は、その機能を100%果たせているわけでは全然なさそうだった

そのことも、私が何も言わなくても、触診だけで先生は当ててしまった

 


一通りの触診が終わると、首の高さが調整可能な施術台に横向きで寝て、先生が少しずつ私の首の位置を調整していく

 


調整している、と思ったら突然、

ドゴン!!!!

とものすごい音がして、施術台の、私の頭が乗った部分だけが3センチ位瞬時に沈む

 


噂の「首チョップ」が打たれた瞬間だった

 


ものすごい音だったのに、少しも痛くないのが不思議だった

 


あまりに一瞬だったので、チョップがまさかこの瞬間に来ると思っていなかったので、私はただ呆然としてしまった笑

 

 

 

 


私には右足を上にして足を組む癖がある

それも、先生は、こちらが何も言っていないのに当てた

 


よく「足を組むと骨盤が歪む」と言うけれど、そうじゃないんだよと先生は言う

 


骨盤が歪んでるから、足を組むことで、身体全体がバランスを取れるように、脳が勝手に指令を送ってる

だから足をくみたくなるって事は、骨盤が既に歪んでるってことなんだよ

 


と教えてくれた

脳は、自分の身体が最も心地よく過ごせるように、勝手にいろんな動作を、無意識のうちにやってくれているんだと言う

 


首への衝撃が加えられた後、いつものように足を組んでみたら、ひどく体の心地が悪くて、とても組んではいられなかった

先生が言うには、首と頭蓋骨の歪みを、あの一撃で直したんだと言う

だから、これまではバランスを取るために足を組むことが心地よかったけれど、バランスが整ってしまった今、足を組むことが気持ち悪いわけだ、と

 


なにそれ

嘘でしょ

 


とか思っちゃうんだけど

 


打撃の後の腕の動き、手首の動きなどなど確認してみたところ、チョップ前とは比べ物にならない

右と左があまりに均一になっていて、笑ってしまった

 


頭と体をつなぐ神経の滞りが、頭蓋骨を元の位置に戻すことで、通った

 


これをきっかけに、本来持っている自然治癒力が滞りなく発動し始めるから、あとはひたすら横になって休んで、体が勝手に回復してくれるのを待てばいい

 


ということで、そこから約8時間、クリニックのベッドで横になっていた

 


横になってからすぐ気づいた

ふかふかの羽毛ぶとんをかけていただいたにもかかわらず私の体はいつまでたってもガチガチに冷えていた

手足足先が冷たい

肩に時々震えがくるほどに寒い

 


もっと布団を多くかけたくなる

部屋の暖房の温度を上げて欲しいと思う

 


だけど先生は私が履いていた冷えとり靴下やレッグウォーマーすら、外してしまえと言う

 


ほんの数時間寝ていれば、自然治癒力を取り戻した体が、勝手に体の隅々まで温めてくれるから、靴下もレッグウォーマーもいらない

 


寒くても布団を余分にかけなくていいと言う

 

 

 

半信半疑ではあったけど、寒いなぁと思いながらも、そのまま目を閉じた

 


ら、こんこんと眠りについてしまった

夢もたくさん見た

どれも、現実なのか夢なのか区別がつかないようなリアルな夢ばかりだった

一番驚いたのが、喫茶店の開業以来からの常連さんに、喫茶店の前で偶然会う夢

 


今日開店するんですね、あとで行きます

 


ニコニコしながら話してくれるその人

 


夢から覚めて、数時間ぶりにiPhoneを見たら、なんとその常連さんからメッセージが届いてた

 


「明日開店なんですね、千秋さんのコーヒー楽しみにしてます」

 


シンクロ!すご!!こわ!!

ってなった。笑

これも、左半身の通りが良くなって

いつも以上にセンサーが働いているからかな?

 

なんて考えたくなる

 


そして、眠り始めてから3時間ほど経った頃

手先がポカポカとしているのに気がついた

足先はまだ冷たいものの、膝のあたりまでとても暖かい

 


引き続き、眠ったり目覚めたりを繰り返しているうちに

6時間位経った頃だろうか、驚愕する

私の手先も足先も、肩も

かつてないほどポカポカとして自ら熱を発していた

 


横になっている8時間の間

時々身体のあちこちが、ひどく痛むことがあった

 


2年前に炎症を起こした仙腸関節

なぜか左足首

右の腰、腎臓のあたり

左肩甲骨……

 


音にすると、ビシビシ、といったような

これまであまり感じたことがないような痛みが数秒走る

 


でもその痛みはすっと消えていく

 


先生に報告すると、

滞っている部分を通すために、その周りの筋肉が伸び縮みしている

だから痛みを感じるけど、そうやって治してるだけだから大丈夫だよ

 


とのこと

すごーーー!身体、すご!

めっちゃ優秀なオート補正機能ついてたー!!

 

 


僕がしたのは、頭蓋骨を元の位置に戻して、首の通りを良くして、本来持っている自然治癒力のスイッチを押しただけ

これだけで、後は身体が勝手に歪みや滞りを治してくれるんだよ

 

 

すごおおおおお

 


と、感嘆する私に

 


わかってないね、すごいのはあなたの身体だよ

 


と笑う先生

 

 

 

人間本来働きたくなんかないの

だけど、身を削って働かないと生きていけない現代社会になっちゃったでしょ

だからストレスで、体がどんどん歪んでいく

 

 

体の声だけ聞いていれば

本当は全然働きたくないんだ、ごろごろしてんのが1番ってことに気がついちゃうよ

 

 

どうやったら身体の声って聞こえるようになりますか

 


と聞いたら、

 

 

毎日夜9時に寝て、朝6時に起きなさい

自然の流れに合わせて生活するの

できるだけ固い布団に寝て

あとはラクなことだけしてなさい

 

と先生 笑

 


どうやって寝たら、よりラクで深い呼吸ができるのかなとか

関節が痛むのに無理してストレッチしないとか

 

あとは仕事をするにしても、面白いこと、たのしいことだけしてればいいんだよ

 

とのこと。

 

これを聞いて、なるほど本当にそうだなと思ったし、後はたとえどんなにつまらなく思えるような仕事でも、ちょっと工夫して、

「そこに面白さを見出しながら働く」

ことは、全然できるなぁって思った

 

 

あと、こんな話もしてくれた

 

人間の本来持っている本能、野生の力

これは、引き出してあげたいね

 

自然のすることはいつも、人間にとって辻褄が合っていないように見える

だけど、辻褄が合っていないようなこと、「わかった」って言い切れないようなものごとにこそ、人間がより自然に、野生の力を取り戻して生きていくために、大切なヒントが含まれてる

 

他人やテレビやたくさんの情報は

これが正しいとか

これが体に良いとか悪いとか

いろいろ言ってくるけど、大体嘘

身体が全部知ってるよ

頭で考えてもわからないようなことを

身体はいつも勝手にやってくれてる

少しでも身体が心地よく過ごせるように

足を組んだり、時々ジャンクなものを食べたり

 

身体が感じるがままに楽に過ごす

これだけでいいんだよ

 

 


今日来れて本当によかった

そう先生に話した

 

自分がやっている喫茶店のことも話した

楽しいことだけ、面白いことだけやって生きていたくて、試行錯誤で4年間続けてきたけど

明日からまた新しい局面を迎える


今日、歪みをとってもらったのももちろんだけど

先生の話を、リスタートする前の日に聞けてよかった

たくさんいいヒントをもらいました

ありがとうございました

 


そう伝えて、クリニックを去った

 

眠っていた左半身

今日どうやらたたき起こすことができたみたいだし

本来持っている力を、これまで以上に引きだせる

 

楽しさや面白さをもっともっと敏感に追求していけそうだぞ!

と、信じて!

 

明日からの喫茶ラムピリカ、初の定期開店

先生の言う通り、ただただ、思いっきり楽しもうと思う😊🌸

 

 

帰り道、夕焼けの光に当てられた桜がきれいだったな。。。

 

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健やかに怒れ

「理不尽なことがあったから」

とか

 

「暴言吐かれたから」

とか

 

理由がないと怒っちゃいけない

 理由があるから怒り得る

 

と、これまでずっと思ってきたんだけど

 

 

ココマップでさ、自分の中の自分を探りつづけた結果

 

 

『理屈抜きにして、ただ怒りたいだけの自分』

 

っていうのが、つい一昨日、出てきて

笑ってしまった

 

chapawonica.hatenablog.com

 

 

 

そんな自分のこと、醜いとか、愚かだとか、

昔の自分なら言ったかもな

 

 

でも、多分「醜い」とか「愚か」だとか言いたくなるのは

このどうしようもない「怒りたい」衝動を

見ないようにして、なかったことにして

我慢して我慢して我慢した末に、抑えきれなくなって、他人にぶつける!

 

って、結局は負のループ

 

とても残念で、本意じゃないことをしてしまうから

醜いなとか、愚かだなとか、反省するわけでして

 

 

あるものを、「ただある」と、〈 見る 〉

〈 見るだけ 〉ということのすごさ

これを痛感している

 

だってね、〈 ただ見たら 〉ね、

笑っちゃったんだよ

 

赤ちゃんかよw

 

ってね。

 

赤ちゃんや小さな子どもみたいに

ただ泣きたいだけで泣く

ただ怒りたいだけで怒る

 

こんな自分だって、いたっていいじゃんって

 

ただ怒りたいだけのわたしは

実際ほんとうに怒るまでもなく

わたしに〈 見てもらう  〉だけで満足しちゃった

 

満足しちゃったし

見てからの方が

いつもの〈ゴキゲンの質〉のようなものが、格段に上がった

 

 

何年か前から、

「健やかに怒れ」

って言葉がときどき、自分に降りてくることがあって

 

どういう意味なのか厳密にはよくわからなくて

だけど とても大切な言葉のような気がしていて

 

 

もしかしたら、こういうことだったのかなって

今、少し納得している

 

 

 

ガオーーーー!🐅💥

グルルルルルルル🐺💥

 

 

 ということでひとつ

これからもどうぞよろしく。

 

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ごちゃまぜのでこぼこで、最高に美しい。

 

2019年3月19日。

すず、小学校を卒業する。 

 

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Photo by Chiaki Toyozumi 
 

まず面白かったのが、すずさん、一年を通してほぼ 完封の不登校なのに、卒業式に出る気満々だったこと。

 

あとは全然登校していなくても、好きなクラブ活動の日には登校していたり、「絵で、学校に爪痕を残す」という謎の目標もあったりして、それも見事に達成していたり。(クラスでつくる社会科の冊子の表紙を描いた)

 

 

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学校が嫌いになったわけじゃない。

行きたい時だけ、行く。

ほんとうに、「積極的不登校」だったんだなと感心した。

 

 

 

次に面白いなと思ったのが、卒業式当日の参列者。

血縁関係の有無関係なく、合計6名。

 

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会場に向かう六人。私が卒業式 開始時間を間違えていて、体育館に我々が入ったすぐ後に来賓が入場してきてひやっとした。笑

 

 

不登校の子の卒業式に、いったい何人の大人が参列してんだ、ってとこ。

しかも専属のカメラマン・ちーちゃんまでいる。

 

 

不登校だよね?

めっちゃ気合い入ってね?笑

 

 

って、私でも突っ込みたくなる。

 

不登校 = 心配すべき事象」と捉えられがちな世の中で、ひとりの子どもの人生の節目に、周りの大人たちがこんなに大勢で盛り上がっていたら、何を心配したらいいのかよくわからなくなる気がする。

 

 

参列者全員の共通点は、かつてすずと一時でも暮らしたことがあるということだった。

 

シングル家庭なのに、ほんとうにたくさんの大人たちと密に接しながら、これまで暮らしてきたんだなあ…と。

改めて目視確認できてしまって。すごいな、ありがたいな、、、としみじみした。

 

普通に暮らしていれば、子どもたちが日常的に会える大人なんて、親か先生かといったところ。

「ほんとうにいろんな大人がいて、いろんな生き方があるんだな」

って、子どもたちが肌で感じ取って成長してくれていたらいいなと思う。

 

親が言うことが全てじゃない。先生の言うことだけが正解じゃない。

たくさんの大人がいて、それぞれが、自分の考えを持って生きているということ。

自分の生き方は、無数にある選択肢から、自分が決めていいんだってこと。

 

 

 

 

すずの卒業式があるというと、即「参列したい」と話してくれた豊田さんは、言うなれば私のパートナー的存在だ。

 

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いつもうさと服&坊主なので、お坊さんに間違えられる豊田氏。「スーツ持ってんだ。わろwww」って、卒業式の朝みずきに爆笑されてました。

 

 

実は、彼と一緒に暮らすようになってからもう一年がすぎるのだけど、以前は喧嘩がほんとうに多かった。

 

争いが生まれるたび。

豊田さんに対して「なんてひどいやつなんだ」という思いが生まれるたび。

「もう絶対別れる!」とか、なるたび。

 

みずすずを見ていて私の中に毎度 問いが生まれる。

 

どんなに私が「ひどいやつ!」って思っていても、人に対する好き嫌いがはっきりしている二人が、豊田さんのことは、好きなのだ。

たとえば、優しいことしか言ってないのに笑顔が曇ってる、なんて大人には、絶対自分から近づかない二人。

そんな二人と豊田さん。なぜか仲がいいのだ。すごく。

 二人は自然と「豊田」と呼び捨てにしている。

「豊田」は呼び捨てにされていることなんて何も気にしていない。

なんか友達みたいだなと思う。

 

そんな様子を見ていると、

「曇った眼で彼を見ているのは私…?」

と思わざるを得なくなる。

 

(ちくしょう案の定曇った眼で見ているのは私でした。

 過去のブログをご参照ください。

 「子は鎹(かすがい)」って、結婚してないパートナーにも有効説。)

naimachiaki.hatenadiary.jp

 

 

 

2年前に、みずきの卒業式にも参列してくれた Kuri Akitaya 。

彼女はかつて私が1ヶ月半も入院をした時に、みずすずと一緒に喫茶店で暮らしていてくれたことがある。

 

ご飯を作ってくれたり遊園地に一緒に行ったり、面倒を見てくれていたというのもあるけど、それ以上に三人がわきゃわきゃ一緒に遊んでいるのを見ていると、「なんか三人姉妹みたいだな」と思える瞬間が結構ある。

 

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二度目の卒業式参列に、「みずすず(の卒業式)コンプリートまじ嬉しい!」

って言ってて、痛烈に愉快だった。

 

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私の入院中に、子ども達の不登校をめぐって、喧嘩をしたこともあるKuriと私の母。実の母娘か。笑

 

 

 そして言わずもがな私の母。

私の着物やすずの袴を はるばる千葉県の実家から江ノ島の着付けのお店まで運んでくれたり、参列する全員と子どもたちのためにご飯を大量に用意してくれたり。

大活躍してくれた。

 

「私は写真には映らないでいいから💦」

なんて言いながらも、この愛おしき笑顔。

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もう愛おしくて、このままルーブルに飾りたくなる。

 

 

 

また、Kuriとは別の時期に、みずすずと3週間近く、喫茶店で暮らしたことのあるちーちゃん。(フォトグラファーのChiaki Toyozumi)

 

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最近は写真を撮られるのが嫌いな思春期(?)すずさん。「ちーちゃんなら撮ってもらうのOKだよ!」と快諾。難しい年頃の女子に、そう言わせてしまうくらいの魅力を持っているのが、ちーちゃんである。

 

 

ちーちゃんは、

 

「すずぴの卒業式、行きたい…!!!」

「すずぴの今の美しさを捉えたい!!」

 

って、写真家としても、すずと近しい大人としても、参列を望んでくれた。

 

参列するメンバーのことも知らせたら、

「絶対いい写真が撮れすぎる!!」

卒業式前から、感動していた。

 

 

 

参列するメンバー。

この中には実は、10年以上前に離婚した元旦那さんがいる。 

 

 

一ヶ月ほど前、すずに、

「卒業式、誰に来てもらいたい?」

問うと

 

「今の家族と、とと(元旦那さん)」

 

と答えた。

 

正直なところ、雑念多き私は複雑な想いになった。

 

私からすれば、いわゆる「イマカレ」と「元彼」、しかも初対面の二人を、いきなり同じ場所に呼ぶってこと。しっかりと、ざわついた。

 

 

でも、すぐに思い直した。

鈴にとっては二人とも、等しく身近で、大好きな大人たちだ。

「二人とも呼びたい」って堂々と、さらっと言える素直さ、プレーンさがアンサーだ。

 

 

で、こんな画が実現したのだった。

 

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これぞまさに、お父さんバンクでもお馴染みの、子どもの行事に大人が大勢押しかける「よってたかってシリーズ」ですね(笑)

 

すずの大好きな大人たち、すずのことが大好きな大人たちが集まった、「よってたかって卒業式!」だ。

 

嬉しくなって、一緒にお父さんバンクを作ったカヤノ氏にこの写真を送りつけたら

「あやこさん(母)がまじいい」

 とコメント。だろう?笑

 

 

 

6人が見守る中、卒業式の練習にも参加していないすずは、臆する様子もなく、凛とした姿で、マイクに向かって夢を語り、卒業証書を受け取った。

本人曰く、めちゃくちゃ緊張していたらしいけど、それにしたって随分 堂々としていた。

 

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人間は誰もがすでに完璧であって、それでいて永遠に発展途上なんだと思う。

その前提をもった上で話すと、すずがすでに、すっかり、一人の人間として確立しているなあと痛感しては感嘆する日々だ。

だから、卒業式を迎えて「大きくなったなあ」とか「立派になったなあ」といった改めての感慨はなかった。

 

ただ

「かわいいいいいいいいい!!!😍😍😍」

「美しいいいいいいいい!!!!😭😭😭」

 とかは、親ばか全開で連呼せずにいられなかった。笑

 

 

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ちーちゃんは、写真を通して人の繋がりを思い出させてくれる。

みんなの中の光を写し出す。そんな写真を撮る。

出来上がった写真や動画を見せてもらったら、

 

「ああ、出会ったり別れたり、いろいろあるけどさ。

 元をたどれば、みんなみんな、愛で繋がってんだな。。」

 

そんなことをシンプルに、だけど強く感じさせてくれた。

しみじみと、笑みが零れた。

 

 

 

無事卒業式を終えた帰り道、言葉数少なに、元旦那さんが私に話してくれた。

 

「みずきとすずはほんとうに幸せ者だね。たくさん愛されてるね。

ありがとう。引き続きよろしくね。」

 

彼だって、いろんな想いがあったと思う。

そんな中で、彼が伝えてくれた言葉が、なんだかひどく沁みた。

 

 

元旦那さんと離れてから10年以上。

 

大変じゃなかった、と言ったら嘘になる。

 

いくらでも深刻になれるトピックを自分が抱えていることは知っていた。

そんな中で、家庭のなかに少しでも楽しさを生み出したかった。

 

結果的には自分が「シングルマザー」だなんてこと、思い出してる余地もないくらい、子どもたちと、周りの大人たちと、楽しく生きさせてもらってきた。

「私が楽しく生きていること」は、私が子どもたちに一番に見せたい唯一の背中で、私が一番果たしたい、親としての責任だった。

 

ひとりで子どもたちを育てていくと決めてからの日々の、試行錯誤の全部に、元旦那さんにまるっと花マルもらえたみたいな気がして。

言葉にできない感情で胸が満たされて、元旦那さんを駅まで見送った帰り道、一人でまた零れてしまった。

 

 

ああ、なんかつくづく、人生はドラマだな。

でこぼこのごちゃまぜで、でも全部全部、それでよかった。

これからも、何があっても大丈夫。

これからも、起こることの全部を味わって、生きていくんだなあ。

 

 

2019年 3月19日。

最高に美しい卒業式だった。

 

 中学からは美術部に入って、学校に行く!と言っているすずさん。

思い切り、思う存分、どんなカタチでもいいから、楽しんで生き続けてほしいと願ってやまない。

 

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これからの展開も、大人たち総出で(笑)、楽しみにしてるよ。

 

2019.3.19 すず卒業式Movie by @chiaki100410

 

 

 

「ココ」にしかいない自分を見つけて。ーココマップのすヽめー

最近実は、真剣に、同居人とのお別れを考えた。

 

どれくらい真剣かと言うと、

新しく家を探し、一緒に暮らす犬(女三人暮らしのボディーガード、的な)を探し、新生活に必要な車の購入を決めた。

 

結果としては、いろんな流れの中で、車を購入する以外の全部を白紙に戻した。

 

 

 

しかしなぜそんな行為にまで至ったかと言うと、彼に対して

 

「彼の言動が許せない」

 

という気持ちが膨らみすぎたから。

 

 

出ていくのには、至極 真っ当な理由な感じがする。

 

なのに、家を出て行く準備が進めば進むほど、

胸は重く苦しく痛み、思考はぐるぐるに駆け回って落ち着かず、身体の動きは鈍くなっていく。

 

目にする言葉という言葉、事象という事象、星の動きやら占いまでもが、口を揃えて

「今こそ変化の時」

と言う。

 

そうだよね、と思う。

まさに変化の時に来ていると自分でも感じる。

 

だから、この停滞感は、行動で突破するしかない。 

 「門出だ。もっと理想とする環境を、自分に用意してあげるんだ。」

 

そう思うのに、なぜかちっとも晴れやかじゃない。

 

 

「この晴れない感じは、彼に対する情から出るものだ。振り切ろう。」

「新しいことをする時はいつだって不安になるものだ。

 この不安を振り切って前に進もう。」

 

 

そんなふうに自分に言い聞かせたりもした。

 

でもどうにも、もやもやが消えない。身体が動かない。

自分の中に確かにあって、無視することができない感覚。

それは、

 

「なにか大事なものを置いてきぼりにしようとしている」

 

という感覚。

 

過去にも何度も、大きな別離のたびに

「なにかを置いてきぼりにしてる」

という感覚は、うっすらと感じてきた。

 

だけどすべて、つぎの行動を起こすことで突破してきた。

その「なにか」をじっくりと見ようとしたことはなかった。

だって、なんかそれは、楽しくなさそうだったから。

行動することで見えてくる新しい世界を、いつだって見に行った。

 

 

 

でも今回の離別に関しては、

 

「逃げるのは、もう散々やったじゃん。もういいだろう?」

「 また 、置いてきぼりにするの?」

 

 こんな感覚が拭えない。

 

 

「逃げる」って何? どういうこと?

彼から逃げるってこと??

「また」って何?

私、今まで逃げてきたの?何から?

 

 

 

考えても考えてもわからなくて、あまりに気持ち悪いから、まゆさんを喫茶店に呼んだ。

 

自分の中のモヤモヤをどうしてもクリアにしたくて、半日かけてマンツーマンで

「ココマップ   ー自分発見型エンターテイメントー」

をやってもらった。

 

ココマップって?と思った方はこちら。

chapawonica.hatenablog.com

 

 

そこで、やっぱり出てきた。モヤモヤの正体。

 

それは、

 

 

 すごくすごく、すごーーーーく、怖がっている自分  

 

 

え、普通?

でもね、私はこんな自分ーー仮に「怖いちゃん」と名付けよう。

この子を、これまで無いことにしようとしていた。

「誰に理解されなくても一人で頑張ってきたもん」

っていう、強がりで負けず嫌いな私がいて、

 

「全然怖く無いもんね!」

「怒ってなんか無いもんね!」

「一人でも全然平気だもんね!」

 

こんな台詞を吐いている。

明らかに、ビビってる笑

 

さらには、

 

「怖がってる自分は、本当の自分じゃないから。

 自分の本当の願いは、怖がることじゃなくて、人間を信頼することだから。」

 

って、きれいごと被せたり。

あの手この手で、「怖いちゃん」が出るたび、自分の中で瞬殺してきた。

 

 

この「怖いちゃん」は多分、幼少期から大人になるまでの間に自分の中に育ったキャラクター。

この子が、目の前で起こるいろんな事象に対して、一回一回『怖いフィルター』をかける。

しかも、自分にとって重要な出来事や、大切に思う人に対してこそ、『怖いフィルター』をかけようとする。

 

 

でもココマップをやり尽くしたら、認めがたいその子も

「いまの自分を自分たらしめるために絶対に必要なメンバー」

だって、認めざるを得なくなっちゃうわけです。

はい、逃げるの終了〜〜🎊

 

 

「怖いちゃん」の内容物は、ざっくり言うと

  

・自分が大事にしているものを傷つけられるのではないかと怖い

・自分が蔑ろにされるのではないかと怖い

・自分がいいように利用されるのではないかと怖い

・馬鹿にされるのではないかと怖い

・理不尽な目に合わされるのではないかと怖い

 

など、など。

 

 

 

この〈 怖いちゃん 〉は、自分の理解を超える言動や、感情を揺さぶってくる言動をする人に対して、

 

「わたしに、何かひどいことをするんじゃないでしょうね?」

 

って、警戒心を激しく燃え上がらせる。

  

 

生きてりゃ傷つく。

傷つきゃ学習する。

恐れることや、構えることや、疑うことを覚える。

 

肝心なのは、〈 恐れることや構えること、疑うことを覚えた自分 〉を、

「理想の自分と違うから」とか、「怒ったりビビったりしないほうが穏便に済むから」って、否定してしまわないことなんだな、と。

 

〈 怖いちゃん 〉は、単純に「もう自分を傷つけたくない」っていう〈防衛本能〉から育ったんだと思う。

自分を守るためにも、この〈 怖いちゃん 〉は、ここまできっとたくさんいい仕事もしてきてくれたはずなんだ。

 

いい人ぶってないで、〈 怖いちゃん 〉の存在をしっかりと 認めてあげないことには。

「誰かを置いていく」感覚はきっと、永遠になくならないんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

ココマップで私が見つけてあげた

〈 怖いちゃん 〉

 

 この子を見つけて、認めてあげられたことで、私の世界の見方は覆ってしまった。

だってビビってるんだもん。常に。

ビビってる自分を認めつつ、それでいて、

〈 怖いちゃん 〉が見る世界が全部じゃないよね、

って自分に言ってあげる。

なんて自分に対して優しい行為なんだろうと思う。

 

 

〈 怖いちゃん 〉を見つけたら、同居人の彼のことを、前よりもずっとずっと、プレーンに見ることができるようになった。

 

 

同居人の山伏さんは、使う言葉にブラックジョークが混じりすぎていたりして、

あとは分かり易すぎる調子の良さがあったりして、周りの人を怒らせやすい傾向は、確かにある。

 

でも、言葉以上に、行動。

行動そのものをよく見れば、本当に優しい。

彼はいつも、表面的なところだけを見ていない。

口は悪くても、人の奥の奥まで、理解しようと想像力をいつも働かせている。

思いやりがとても深い。

彼のそんなところに、何度も何度も、深く感心し続けたこの一年だった。

 

 

 

そしてきっと、私と同じくらい、怖がりで、疑い深くて、不安を抱えている。

そうじゃないと、お互いの言動に反応しあったりすることはない。喧嘩になり得ないと思うから。

 

私と彼が違うのは、それらの一見ネガティブな感情も、彼は包み隠さず表に出していること。

 

だから、私がざわつくわけだ。

私がずっと見たくなかった〈 怖いちゃん 〉の存在を、この人は何の意図もなく、自然体で知らせにくるんだから。

 

  

〈 怖いちゃん 〉の存在があるのに、その子のことを私が無視している間は 

 

 「私を大事にしていないんじゃないかと怖い。」

「私を大事にしないなんて、許せない。」

 

こんな想いばかりが一人で先走ってしまうことが多々あった、というわけだ。

 

山伏さん、ごめんね。

これまで、たくさんたくさん、大事にしてくれたのに。 

 

 

〈 怖いちゃん 〉に気づいてあげられたら、この一年間、彼と一緒に暮らしている中で、どれだけ愛と恩恵を受けてきたか。

痛感されすぎて、湯船でひとり、声をあげて泣いた。

もう、きれいごと抜きの感謝の念が、湧いて湧いて、溢れて湯に落ちた。

 

うわああああ

ありがとうすぎる、

あなたの存在でかすぎる、

心の支えになりすぎてる…!

 

って。

なんというか、自分の身を覆っていた薄い鋼鉄が、はらはらと、落ちていくようだった。

 

置いてきぼりにしていこうとしていたのは、

彼でもなく、彼に対する愛情でもなく、

他でもない、「自分自身」だったんだな、、、、

 

 

 

実は、一昨年 山伏さんと出会った頃から、心臓の近くに、何か重くて固い塊が感じられるようになった。色は、濃紺。

時々、ずきずきと痛んだり、重みを増したりする、不思議な塊。

 

「山伏さんと会ったから、生まれたのかな。」

 

って、考えたこともあったけど、違っていた。

 

元々、あった。

私はその塊を、元々 持っていた。

ただ、その存在に、ずっと気づけなかっただけだ。

 

彼と出会って、その存在に気づくきっかけをもらった。

癒していくチャンスをもらった。

 

そんな風に、今は解釈している。

 

だって、〈 怖いちゃん 〉を見つけてあげて以来、もうその塊が重苦しさを放つことは一切なくなってしまったから。

 

そして、〈 怖いちゃん 〉を見つけてあげた今の私は、今まで以上に安心して、山伏さんとの時間を過ごしている。楽しんでいる。

思うがままに甘えている。

彼のジョークに吹き出している。

思い切り喧嘩もする。だけど絶望はしない。

起こることの一個一個を、少し離れたところから眺めていられる。

 

ああ、しんみりと、幸福を感じる。

面白いね、人生ってやつは。全く。

 

 そしてココマップを生み出したまゆさん。

かつて、教員時代に鬱病の診断をもらった時、どんな凄腕の心療内科医にかかろうと見つけてあげられなかった私を、ココマップの「楽しい」っていう最強の安心感が助けて、見つけに行けちゃうんだから。

もう本当に、すごい。天才すぎるよ。

 

 

年明けに「自分サミット」なるものを開催した時、自分の中から新しい夢が生まれた。

それは、ラムピリカに登録制のスタッフをつくること。

 

気分のいい時にだけ出勤してくる、最高にゴキゲンなスタッフたち。

研修としてココマップを必須項目にしようかな、なんて考えてる。

 

自分の中のメンバー全員を認めてあげることの大切さを、知っている人たち。

どんな自分に対しても、いいも悪いもなく、ただ、「ああ、いるね」って言ってあげて、最高に自分に優しくできる人たち。

そんなチームで、一緒になって作りあげる喫茶店

 

どんな時空間が、料理が、珈琲が生み出されるのか。

想像すると、得体がしれなすぎて、でもなんだかとってもよさそうで。

笑いがこみ上げてきてしまう。

自然

「前回会った時と、言ってることも やってることも、全然 違うじゃん」

 

そう言われるくらいの方が、

そう相手に言うくらいの方が。

 

ちょうどいいような気がする昨今。

 

 

変わる変わる

どんどん変わる

 

私も

私の周りにいる人たちも

 

「初めて会った時から全然変わらないね」

なんて人、気付けば周りにひとりもいなくて

 

(もしくは変わることや、"変わっていること"が 許せない人はいつの間にか離れていった)

 

これは、なんてうれしいことなんだろうと思う。

 

 

でも実際には、「変わる」って表現が正しいのかは、わからない。

私が好きな「変わる」は、

人生経験を積んでいくことによって、凝り固まっていくんじゃなくて、結果的には

 

「自分に還っていく」

「どんどん自然な人になる」

「世界の見方がプレーンになる」

 

ってことに他ならないんじゃないかなと思う。

 

 

どんどん変わる。

いいも悪いも飛び越えて、進化する。

 

自然に還っていく。

野生を取り戻す。

あなたのまんま、私のまんまになっていく。

毎瞬間、自分の音を聴いて

3月22日から25日まで茅ヶ崎で開催していたうさと展に、大好きな まやさん と もじゃにい が遊びに来てくれた。

 

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ほんとうに大好きすぎる、そして尊敬する二人。

かっこいいんだよー!

センスが良すぎるんだよー!

 

 

新進気鋭のアーティストが集い、まやさん手作りの美味しい焼きたてパンとスープを振る舞う最高に素敵なイベント『にじのにわ』を定期開催していたり

 

二人で組んでいる最高に素敵な音楽ユニットBEERHIVEで美しくのびやかな世界観を表現している

 

そんな二人が遊びに来てくれただけでも嬉しいのに

 

なんとうさと展の会場でゲリラライブをしてくれた!!!

 

まやさんともじゃにいが生み出す音。

気持ちよかった。。。。。🌊

 

伸びやかに美しいのだけど、そこに強いソウルも感じる。

お客さんみんなと聴き惚れた。

 

 

でね実は、なんと二人が、私にも

「歌って!」っていってくれるもんだから。

 

私も歌いました。うさと展会場で。

緊張で若干震えながら。

ボソボソ小さい声で。笑

 

で、それを聴いてくれた二人が、

 

「千秋ちゃん、もっと人の前で歌った方がいいよ」

 

って言ってくれて。

 

ガーーーン!!!となった。

 

だって、歌いたいと思ってたんだよ実は。ずっと。

 

過去に何度か他人のライブで一曲だけ、とか、歌わせてもらったことはある。

 

だけど全然、いまだにハードルが高すぎて、ギターの自信もなさすぎて、もう何年も一人で家で、ポロポロ、こそこそ歌う日々。

 

録音もたくさんするけど、一人でこそこそ聴き続ける日々。

 

 

「でもいつかは、人の前で、自分の伴奏で、自分の声で、歌いたい・・・」

 

「いつかは」と思い続けたことを、大好きで尊敬するミュージシャンの二人が、

「やっちゃえ!」

「一緒に歌おう!」

って言ってくれるものだから。

 

これ以上に心強い後押しはなくって。

 

ずっとずっと超えられなかった壁を、今年は、思い切って超えることを決めた。

多分、この勢いに乗らないと無理だ。 

 

自分のためだけに歌ってきた歌を。

 

「毎日歯を磨くと落ち着く」

ってことくらい自然と毎日、

「歌うと落ち着くから」

「歌うと元気が出るから」

って日常生活の一部として歌ってきた歌を。

 

人の前で歌う。

 

 

これはどういうことかと言うと、

 

人の前で歌うんだけど、

人の前にいたって、限りなく「自分ひとりのままでいる」ってこと。

 

もちろん、それを見る人がいる以上、だれかと一緒にいるんだけど。

 

でも、それでもどこまで

「私のままでいられるか」

 

一緒にいる人の影響を受けやすい私にとっては、そういうことでもある。

 

 そしてそれをみた人にも

「自分のままでいいよ」ってメッセージが言葉なくして届いたら

そんなに嬉しいことはない。

 

 

私が日々歌うのは、上手く言えないのだけど、

「自分の身体の真ん中から音が鳴ってると、何かが整う。安心する」

っていうのが大きい気がする。

 

「歌やギターが上手くなりたい」

っていうのももちろんあるけど、それは実は「ついで」のもので。

 

歌うことで、自分から音を鳴らすことで、自浄作用というか、自律を整えるというか、

多分そんな目的で、自然とギターを手に取りたくなるんだと思う。

 

だからぶっちゃけ、人前で演奏しなくたっていい。

自己満足でいい。

でもこれを、人前でできるようになったら。

 

予感でしかないのだけど、またひとつ、自分の世界が大きく開けるような気がする。

 

 

 

まやもじゃさんに会った三日後、ラムピリカで濱口祐自さんのライブがあった。

 

 

どこまでその人がその人の世界のなかで 「その人だけの音」を聴いているか

そこを、音楽を聴く側のわたしは聴いている気がする

そんな表現者に憧れているんだと思う

そして今年はそんな表現者に私も

もっともっと近づきたい

憧れだけで終わらせない

いつでも死ねるように

 

ラムピリカでは4回目のライブ。

祐自さんが弾く「椰子の実」が大好きで、ライブの度に毎回、「ああ、いつか、一緒に歌で合わせられたらな…」なんて夢見ていた。

 

でも、相手は超一流のギタリスト。

私は超一流の素人。

 

恐れ多すぎて、そんなこと、口に出して言えなかった。

 

だけど、「表現者としての私」をもっと信じられるように。

明日死んでも後悔しないように。

 

ライブが終わった後、恐る恐る、祐自さんに言ってみた。

 

「祐自さんの椰子の実で、一緒に歌わせてもらうのが夢でした。次回のライブで、お願いできますか?」

 

「もちろん喜んで!!そういうの嬉しいんよ。一緒にやりましょう!」

 

パッと明るい顔で、二つ返事でそう答えてくれる祐自さん。

 

「うわああああありがとうございます!!!嬉しいい!!!😭」

 

うわああああきたああああああ

もう逃げられない!笑

 

「もう引くに引けないところに自分をぶん投げた」

っていう事実に、怖さとも爆発的な喜びとも区別がつかないような興奮が巻き起こってリアルに震えた。

 

下手でもなんでも、もうやるしかない。

怖い!まじ怖い!!でも、それと同じくらいの強さで、

 

めちゃ!くちゃ!

楽しくなってきたぜーーーー!!!!!!!

 

💫😆💫😆💫😆💫😆💫

 

https://www.instagram.com/p/BvjoiqzA9Lr/

BEERHIVEの大好きなまやさん&もじゃにいが遊びに来てくれた!

のびやかに美しく、それでいてソウルフル。

歌ってくれた。

歌ってって言われたので私も恐る恐る、だけどいつも一人で歌ってる通り、歌った。

「千秋ちゃん、もっと人前で歌ったほうがいいよ」って言ってくれた。

一緒に歌おう!と。

ありがたい。

ありがとう。

いつも一人でぽろぽろ。

誰に聴かせるためでもなくぼそぼそ。

歯を磨いてスッキリする、落ち着く、みたいに毎日。

『いつも通り』歌ってみたのを録画してみた。

大好きすぎる名曲『悲しみのラッキースター』by 細野晴臣

今年は、ひとまえで、歌おうと思う!