On the way always

日々の記録と、思うこと徒然。自分のために綴ってます。

さらけ出すことの功績

深く尊敬する友人がいる。

彼女の名前は藤井みのりさん。

突出して鋭く繊細なセンサーで感知される、彼女の世界のこと。
ブログ上で言葉に表されて、これまで多くの人の心を突き動かしたり、自由や勇気を与えたり、生き方に広がりを生み出してきた。
http://sexrecipe.hatenablog.com

 

このブログは、私を含めたたくさんの人に「愛ってなんだろう?」感受性の深いところから揺さぶられるような、真っ直ぐな問いを与え続けてくれたんじゃないかと思う。


そんな素晴らしいブログを綴り続けてきた彼女が、鬱になった。しばらくの間、活動をすべて休止することにしたという。

ここまで、全身全霊でこの世界を味わって、駆け抜けて生きてきた彼女だからこその結果だと思う。

 

「さらけ出すことの功績」
という言葉が浮かんだ。

自分のありのままの姿をさらけ出す(表現する)ということは、本当にエネルギーと勇気のいることだと思う。
たくさんのリフレクトを受けるし、そしてその姿はたくさんの人に実際、エネルギーと勇気を与えてきたと思う。

たくさん与え続けてきてくれた彼女に、今度はこちらから、助けになるようなことを与えられたら。

 

生きて、とは言えない。彼女の命は彼女のものだから。

ただ、生きていてくれたら嬉しい。
そう強く思う。


私も、6年前に鬱になった経験がある。
だから知ってる。まずは休息の時間、空白の時間が必要なんだということ。
お金のことも義務のことも生産性なんかも、一度何もかもを忘れて、ただ自分の心地よさや楽しさを優先させてあげる時間。

だけどそれには、現実的な話、お金が必要だ。生活費の他に、心療内科に通うためのお金もばかにならない。

だけど彼女には今、お金を生み出すようなエネルギーは残されていないし、そんなエネルギーを絞り出したらきっと死んでしまう。

 


みのりさんの「休息の時間」を確保するための資金をpolkaで募集します。

https://polca.jp/projects/1dsuiZjE3M4

 

生活費と通院費に使われるほか、少し体調がいい時には空気のいい場所に遠出したりということもいいんじゃないかなと思います。だから、金額は多ければ多いほどいいと考えています。

 

そして、支援してくれる方たちにお願いしたいのは、支援の見返りや、彼女の復帰を期待しないでほしいということです。願ってもいいけど、本人に伝えないでほしいのです。「頑張って」なんて、決して言わないでほしいということです。
なぜなら、もう充分すぎるほど、頑張ってるから。

 

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彼女が鬱になった時、1番に思い出したことがある。
それは私が鬱になった時、生きる気力なんか全然ない私のために、黙って、私や子どもたちの世話をし続けてくれた人たちの存在。

それは私の両親だったり姉妹だったり友人だったりした。
彼らの助けがなかったら、ほんとうに、今の私は存在しない。

 

いま、私にできることはなんだろうと考えた。

 

「恩送り」という言葉を使うのなら、私がもらった恩を、今度は次の人に送る番なのではないかと思った。

 

一人ではたくさんのことはできないけど、みのりさんのかわりにたくさんの人に「助けて」って言うこと。

私にできることは、それなんじゃないかなと思った。

 

これが正しいことなのかどうかなんてわからない。ただ、何もしないでいることを選ぶことは、到底できそうにない。

どうか、ここに共鳴してくれる人の気持ちが、優しさが、たくさん集まりますように。

生きていてよかったって心の底から思えるような、素晴らしい景色に彼女がこれからも何度でも出会えますように。

 

 

幸せになっていい

自分は完全に「言葉の人」ーー起きたことの全てを言葉で「整理」しないと前に進めない人、だと思っていたけれど、最近そうでもないなと感じる。

 

 

なんだか最近ふわふわと幸せで、あえて言葉に表して外に向かって発信しなきゃいけないことなんてあるかな。

 

そう思いながらも、「今のわたし」はわたし史上わりと[いい感じ]なので、今の感覚を、感じていることを、すこしでも記録しておいてみよう。

 

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本当に、自分の幸せを優先して生きていていいんだなと、最近つくづく思う。毎瞬間の思いを外に出していいんだなと思う。


自分の幸せの余剰分で、身近な大切な人たちにまっすぐに大好きだと言える。素直に抱きしめようと思える。やさしくしたいと思える。

 

欲しいものは欲しいと言っていい。
嫌なものは嫌だと言っていい。
頑張りたいときには頑張ればいい。
なんだかがんばりたくないなぁという時は堂々サボればいい。
食べたいものがあるならカロリーとか夜だからとか気にせず食べればいい。

それはもう心地よく食べたらいい。
行きたいところがあるならお金も時間も気にせず行ったらいい。
なんだか辛いなというときには誰かに話したらいい。

自分が楽になる考え方をあっさり採用すればいい。
寂しさが湧いてくるときには誰かにハグを求めたらいい。

 

…でも最近感じていることは、誰かにハグを求めるよりも先にやったほうがいいこと。どうやら、あるみたい。それは、

 

「自分で自分を抱きしめること」

 

それが思う存分できて、その上で改めて誰かとするハグは、なんというか、もっと深くて、もっと温かい。

 

 

私が私にするハグは、一人きりになること。

一人だけの景色を見に行くこと。

一人だけの空間で自由に、体が動くがままに任せて舞うこと。

 

あふれてくる。内側から。

世界は私の内側から生まれることを、この目でこの体感で確認しているのかもしれない、なんてことを思う。

 

 

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私のことを大切にしてくれる人を大切にすることは、私を大切にすることにつながるんだな、と。そんなシンプルなことを静かに感じる日々だ。

 

大切にする即ちただ相手に同調すればいいということではない。素のままの自分、相手にとっては不都合かもしれない自分でも何でも、開示していくことなんだと思う。

 

正直さでしか、世界は正しい速度で回らないのかもしれない。勇気を持ってありのままの自分を開示し続けることは、この上ない誠実さを伴った愛なのかもしれない。

 

だからもう恐れなくていい。

恐れてしまうときもあるけど、何度でも『大丈夫』って言ったらいい。目の前にいる人の目をまっすぐに見つめてみよう。ほら、大丈夫。

 

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「千秋ちゃんは、思わず大切にしたくなるような、特別にしておきたくなるような、守りたくなるような、そんな感じがあるんだよ」

 

 

最近、親しい友達にそう言われて、もともと自己肯定感が低かった私は嘘だあなんて思った。

でもそのあとで、よく考えるとそうかもしれないと思いなおした。

 

丁寧に丁寧に、過去を思い出してみる。

これまで私のことを大切にしようとしてくれた人たちはたくさんいた。私が、その気持ちを受け取らないできただけだった。

私だけがいつも、私が幸せになることを最後のところで許せないでいた気がする。

 

 

彼女の言葉を、ちゃんと受け取ろうと思った。今私の近くにいて、私を大切にしようとしてくれる人たちの愛をまっすぐ受け取ろうと思った。

 

でも、こんな風に思えるようになったのも、自分で自分のことをほんとうに大切に、渾身の力でハグできるようになったからなんだと思う。

 

その上で誰かとするハグが、より深いものになるように。

 

 

なんだかふわふわと幸せが増してきて心地が良い。いいな好きだなと思うものは、落ち着いて静かに待っていれば、向こうからやってきてくれるようになってきたから世界はとても不思議で愉快だ。「なんだか世界にすっかり降伏しているな。」そんな感覚になることが多い。

 

 

 

頭がますます悪くなった気がする。
でもそれでいいよって思う。

不感症になるのとは訳が違うんだ。
私は私を、もっと研ぎ澄ませて、もっと心地よくさせてあげておいたらいい。

 

生きていればいろんなことが必然的に起こるわけで、わざわざ自分から悲しみや不安や孤独を掴みに行くようなこと、もうしなくてもいい。

 

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自分の初期設定は書き換えていい。

何度でも、何度でも。

人間は自然現象なんだから、固定しなくていい。何かの枠に当てはめなくていい。

変わらなくていい。そのままでいい。

ただ、だれもが自分を、[ もっといい感じの自分 ]にアップデートすることはできる。これからも。何度でも。

 

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私を大切にしてくれている人たちに、なんかいいねって喫茶店に集う人たちに。そして私を、一番大切にできるようになった私自身に。

 

心からの、ありがとうを言いたい。

愛してるぜ。 

 

 

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世界

「世界には自分一人しかいない。」


そんなことを言うと、それはさみしいことだと言われてしまうのだろうか。

 

世界に自分を浮かび上がらせるために、果たして比較対象は必要なんだろうか。

 

光と影は自分の姿をこの世界に浮かび上がらせてくれるけれど、その光は太陽から注がれているし、その影はわたしの踵から伸びている。

 

自分について語る時、例えば「マイノリティが好き」だとか「普通じゃない」だとか、「誰もやったことがないことをやりたい」だなんて言ってしまったら、よくよく観察してみるとその軸は「自分」ではなくて「他者」にある気がするのだけど、果たしてどれほどのひとがこのことに共感してくれるかな。

 

自分について語る時、「わたしはこう感じた。」「わたしにはこう見えた。」「わたしはこう思った。」
そういう話し方しかできないような気がしていて、そしてそういう話し方をするひとに出会うときわたしは嬉しくなる。
おっかなびっくり、だけどそれでも勇気と覚悟をもってわたしがこの世界でひとりきりであるように、あなたもあなたの世界にひとりきりで居てくれている。そんなあなたとなら、わたしは手を繋いで一緒に歩いてみたい。同じ景色を見て、それぞれにそれぞれのままを感じられていたい。

そんな風に思えるんだ。

 

 

 

 

 

 

     いつか誰もが花を愛し歌を歌い
     返事じゃない言葉を喋り出すのなら

 

     何千回ものなだらかに過ぎた季節が

     僕にとても愛おしく思えてくる

 

 

 

 

 


世界は優しいところに間違いないと。

何が起きても、何度でもそう思うこの頃だ。


この世界には大好きな人がいて、ふとしたときに大好きな人の幸せを祈っている自分がいる。心から笑っていてほしいと思ってる。人の優しさに包まれていてほしいと思ってる。


「誰かの幸せを祈ることができる」

 

わたしがわたしをどこまでも大切にしていたら、わたしがわたしとどこまでも親密にしていたら。やっと、心から、それができるようになってきた気がしている。

どこまでも懐かしく、それでいて永遠みたいな優しさが、私のなかにもちゃんと息づいていたことを思い出させてくれたような気がしている。だから、あなたに届いてほしい。

心から、ありがとう。

いつも、すぐに怖がったり、揺らいだりしてしまうわたしだけれど。

 

 

まだまだ人生は続いていくのだろう。

不思議な人生だ。

思いもよらぬところで、お腹のずっとしたのほうからぴかぴかに光る涙や、ぴかぴかに光る笑顔が飛び出してきたりするんだから。

 

 

身体と心と魂の全部をつかって、この世界を味わっていこう。

ひとつひとつを丁寧に。

ときには弾けるみたいに駆け抜けて。

 

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毎日、雨。

昨日、たった1日だけ晴れた。

 

大切な友人二人の誕生日を祝うためにきっと晴れてくれた。

「陽に向かう」という名前を持つ赤ちゃんのお母さんと、「陽の花」という名前を持つ女の子のお母さんが喫茶店を訪れた。

あまりにもむき出しな感受性で宇宙からも人間からもたくさんを受け取り過ぎてしまう友人は、昨日で38歳になった。

何度も何度も、千秋ちゃんありがとうと言っていた。嬉しさに叫んだり、踊るみたいに揺らめいたりしていた。だけどその夜、彼女にとって悲しい出来事があって、多分泣きながら眠ったのだと思う。生きているといろんなことがあるけど。私は彼女と未来の話をすることがとても好きだ。

 

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‪「安心感さえあれば全てがうまくいったんだろうな」とか、「安心感さえあれば全てがうまくいくんだろうな」とか、考えるのだけど、その「安心感」こそがときに一番難しいことだったりする。

 

安心感は誰かに与えてもらうものじゃなくて。

自分の中から見つけ出すものなんだと思う。

 

生きているうちたった一度でも、人と深いところでつながったことのある人なら、その安心感をすでに体感しているんじゃないかとおもう。「自分の中にすでにあったもの」をきっと見つけ出せている。

その人が忘れてしまっても、認められなかったとしても、着込んだたくさんのものに埋もれてしまっていたとしても、身体の深いところはきっと必ず覚えている。

 

そのたった1度は、あまりにも無垢で、きれいな場所にあるものだから、見失われると酷く身体が痛む。とくに、たくさんのモノや出来事に溢れたこの世界では見失われやすい。

だけど目の前から消えてなくなってしまっても、ただ「見失っただけ」だ。着込んだたくさんのものに埋もれてしまっていたとしても、身体の深いところはきっと必ず覚えている。

思い出しづらくなることがあっても、確かな安心感の記憶は、決してなくなることはない。そのことをいつも信頼して生きていこう。  

 

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ジョゼと虎と魚たち」を観た。

 

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観ている間中黙って淡々と見ていた。

最後のエンドロールが始まった瞬間、パチンと水風船が破裂するみたいに泣いている自分がいた。

泣いても泣いても涙が止まらなかった。

映画で、声を上げて泣いたのは初めてだった。

 

私は足も悪くないし、ジョゼのような深遠な感性を持ち合わせてはいない。

だけどジョゼがいた真っ暗闇は、きっと知っているんだと思った。私だけじゃなく、すべての人が本当は知っているんだと思った。

ただ、そんなこと誰も知りたくないんだと思う。見たくもないんだと思う。見るのはとてつもなく怖くて、それでいて、きっと絶対的な安心感を連れてくる。生きることのベクトルが、深いところできっと変わってしまう。

 

『お家交換こ記』

『お家交換こ記』
オウチコウカンコキ

カタカナで書きたくなる。



10月8日から11日までの4日間、親愛なるルキノさん夫婦と「お家交換こ」をやってみた。
そっくりそのまま、自分の家を相手に明け渡して、かわりに相手のお家に滞在させてもらうという遊び。

以前、成田のルキノさんの家に泊まりに行ったときに「なんて心地の好いお家なんだろう…!」ルキノさんに言ったら、「ラムピリカだって最高じゃん!」と言っていただき、確かに!我々の家、最高だね!ということになり。
じゃあ交換しよっか!ということになった。それはもう軽々と、そういうことになった笑

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8日夜。
ルキノさん夫婦、マイカーで江ノ島に到着。
喫茶店の鍵の説明、設備や自転車の説明をして、植木に毎日お水をあげてほしいことと、コーヒー豆の種類がいろいろあるからあれこれ飲み比べてみるといいよだとか、あとはとにかく目に付くものは何でも使っていいよってことだけ伝える。
逆に旦那さんのじゅんちゃんは、ルキノ家のぬか床を毎日かき混ぜてほしいとオーダー。
なんかいいね、こういうの。笑

ルキノ家の鍵と、車の鍵をもらい、今度は私たちが移動。みずすずさんと3人でルキノ夫婦の車に乗り込む。
もうこの時点でテンションはmaxだ。

いざ始めてみて改めて痛感してしまった。
「この企画、最高だね…!!!」
まだ始まったばかりだというのに、ルキノさんじゅんちゃんとはしゃぐ。

私は湘南の、ルキノさんは成田のローカル情報を互いに教えあう。美味しいご飯屋さんやおすすめ雑貨屋さん、地元の有機野菜が食べられるカフェやおいしいコーヒーの店、新鮮な食材が手に入る市場などなど。
友達が日々の暮らしの中で愛している場所や味覚に会いに行けるっていう体験ができるのも、おうち交換このよさだなと思った。ただ旅行するのとは趣が違う。

では、3日後に!

さよならをして、ラムピリ一家は一路、千葉県成田市を目指す。

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成田のおうちに到着すると、あまりに素敵なおうちに感嘆の声を上げるみずすずさん。
寝室の可愛いベッド二台は、すぐに2人に占領されてしまった。




ベッドで寝るの久しぶり!うれしー!!
お布団ちょうかわいい!!

漫画がいっぱいあるー!やったー!!
テレビもあるー!よっしゃー!!(我が家はテレビないから)
大はしゃぎである(笑)

私はお客さん用の寝室を使わせてもらうことになった。
鈴が、私の知らないうちに勝手にあちこち棚という棚を開けて(るーちゃんごめん😅)どこに何があるのか確認していて笑えた。
はさみ?ああこの引き出しだよ!みたいな。笑

部屋ごとにテーマがあるみたいで、寝室はかわいい子供部屋みたい。
客間はモロッカンな感じ。


壁も扉も床も窓枠も、全体的に有機的な優しい白が基調。その中にビビットで美しい色合いの小物や絵がバランスよく置いてあってなんとも気持ちがいい。ルキノさんとじゅんちゃんの美しくて心地の好い生活へのこだわりを感じる。

江ノ島で二人に再会したときにじゅんちゃんが、「置いてあるもののひとつひとつに持ち主のこだわりとか、息遣いが感じられて、それがよかった」と感想を話していて、それはまさに私も成田で感じていたことだった。
置いてあるモノの一つ一つに、そこに住む人たちの気配を感じた。


お家の心地よさが気に入りすぎたからか、滞在中みずすずさんが自発的に家から出ようとすることはほぼなかった。(単純にテレビ見放題と漫画読み放題が嬉しかったっていうのもあるかも笑)
外に誘い出そうとしてもついてこない2人。ルキノさんに教えてもらった温泉やカフェには私が1人で行くことが多くて、1人で過ごすのが好きな私にとってはそれはそれでいい時間になった。

が、そんな中事件も起きた。

ある夜8時頃、温泉に出かけようと誘うと、「行かないー!」と予想通りの返事をする2人。でも玄関まで見送ってくれた。
この家ロックがあるよ!(我が家にはない)
キャッキャとはしゃいでいる2人の声が、閉じた玄関扉の向こう側に聞こえる。

がしゃん。

ロックをかけた音が聞こえる。

ママを締め出しちゃったよー!きゃきゃ!的な。はしゃいでいる声が聞こえる。

ふふ、楽しそうね(o^^o)
何でも新しくて楽しいんだろうな(o^^o)
微笑ましく思いながら出かける。

が。笑えない展開が待っていた。
もうこの先は想像がつくかもしれませんが。

温泉に入り、車の中で仕事するなどしてなんだかんだ深夜1時頃帰宅。
玄関の鍵を開け、取っ手を回し、扉を引いて開けようとすると、、
「がこん!」
10センチほど動いた後、嫌な音がして、Gの力を無視して不自然に扉が止まる。

まさか。まさか!

そう、ロックがかかっている。
「げーーーーっっっっっ!!!!!👀」

あの子ら!!あの「きゃきゃきゃ!」のあと、ロック解除し忘れたまま寝たやつだこれーーーーーー!!!!😱😱😱

その場で携帯に鬼電しても、呼び鈴を鳴らしまくっても、一向に反応がない。

寝てる😭
寝てるー!!😭😭😭
おまいが!!!!😱😱😱

秋の成田、山間の街はこの季節既になかなか寒く、車に戻る。
まじですかよ。。。
途方に暮れるも、忘れたまま寝るとか普通にあの人たちやりそー…😑

たまたまその時LINEで連絡を取っていた友人に事態を話して笑っていただき、わたしも段々笑えてきたので、「まあいっか!✨」予定外の車中泊を決める。

3時間位の浅い眠りしかできなかったけれど、おかげで成田の田園風景の中、素晴らしい朝日を眺めることができた。



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そんなこんなでトラブル発生しつつも、最終日にはしっかり成田名物の鰻を3人で食べ、成田山新勝寺を参拝して、境内の太鼓橋で「千と千尋ごっこ」に興じすぎ(息せず橋を渡りきるってやつ)、お土産を買ってからルキノ家の車で江の島に向かう。

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喫茶店に着くと、ルキノさんとじゅんちゃんが出迎えてくれた。二人は滞在中漫画読んだり、近所のジェラートやパンケーキのお店を巡ったり、喫茶店の中でも外でも海でも写真を撮って作品づくりをしたりしていたらしい。

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素敵すぎる作品の数々を見せてもらった。






これらがラムピリカで撮られただなんて…素敵すぎて、嬉しすぎてもう、嬉しすぎた。
そんな風に使ってもらえて、ほんとうに、本望です!✨✨✨交換こしてよかった!(私クリエイティブなこと全然しなかった!)

帰宅前には、最近の来客時のお決まり?となったソーラン節を(半ば強制的に)踊らされる二人。

今回の企画、最高だったね!!
絶対、またやろう!!

そう言い交わしてから、二人は成田に戻っていった。

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循環もいいけど、今回試してみた「交換こ」も最高によかったので、全力で皆々様にもおすすめします。
むしろ、アイデア求む。
お家のほかに、なに交換こしたら楽しいかな。

車?自転車?思い切って財布とか?w
あ、職場!職場とか学校交換はすっごい楽しそうだ!1日限定で、できもしないのに何かのインストラクターとか、消防士とか、会社の重役とかやってみたい!(誰かバリスタやらない?w)
ドレッサーまるまる交換ことかも面白そう。
あとはものだけじゃない、家族?彼氏とか?笑 なんか新たな人間関係生まれたりして。
うおお、無限に遊べる…!

最後になりましたが、こんな楽しい遊びをふわっと気軽に、一緒に楽しんでくれたルキノさん、じゅんちゃん、みず&すずに心からの感謝を。

 

"Humor is future."

Easiest way to reborn

なんて静かな朝だろう。窓を開けると世界は明るい灰色だった。
風の音がしない。雨の音もしない。だけど雨は降っている。地面に落ちても音の鳴らない霧状の雨粒が無数に降り続けて、世界を明るく照らしている。洗い流されていく空気のつめたさを肌に運んでくる。
時折鳥の鳴く声が遠くで近くで聞こえる。

私は今、怖がっている。
せっかくここ数ヶ月で「ひとり」を確立したのに、最近、それが壊れるような気がしてきてしまって、怖がってる。すごくいいことだってわかってるのに、怖がってもいて。これは一体なんだろう。


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と、ここまで朝、学校に行く子どもたちを見送った後で書いて、寝落ちた。
今日は喫茶店開店してもいいかななんて思っていたのに、身体は暖かい布団を求めていて、ふと潜り込んでみたらそのまま寝落ちて、14時頃まで寝てしまっていた。

ここのところ寝不足は静かに続いていて、どうやら疲れがピークに達していたみたいだ。

だけどやりたいことや、いま抱えてる企画も多いものだから。休んでなかったな、案外。

 

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と、ここまで書いたところで、なんとまた寝てしまった。今度は夜まで。

眠って眠って、とってもすっきりした。
そうしたら、ここ数日続いていた恐れが消えていた。寝ただけで解決した。なんというか、「普通」に戻った。「今」しか持たない生きものに近いような。ニュートラルだ。


ここ最近練習中の曲を、さっきギターで弾いてみたら、驚くほど弾き口が軽い。歌いながらさらさらと弾けた。

 

体が不調だと深刻さに巻き込まれてしまいやすくなるんだなぁと。逆に絶好調に整えてあげるとパフォーマンスもわかりやすく上がるなあと。
そんな、当たり前といえば当たり前なことをシンプルに確認した一日。疲れすぎていると、「疲れてる」ってことにすら気づけなくなったりするからなあ。

 

3大欲求をしっかり満たしてあげること。
これだけで解決することの多さ。
その上の欲求は、このベースがしっかり満たされた上でね。特に女子は!(なんとなく!)

 

 

Easiest way to reborn.

最も簡単な生まれ変わりの方法。

 

寝よう。

死ぬほど寝よう。

何もかも投げ出してぬくぬくと永眠しよう。

目覚めたら新しい世界、あまりにも簡単に始まってる。(こともある)

 

 

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余談。

今日開店するかも、と、ある友人にメッセージを送った後で寝落ちてしまって。

次に起きた時に、ごめん、開店しなそう。と伝えると、賢い彼女からいい言葉をもらった。開店しそうとか、開店しなさそうとか、いいねって。

 

 

 

 

あなたが笑うと私は嬉しい

寂しさがあってよかった。

寂しさがあるから、
誰かと一緒に笑えることのありがたみを知った。
寂しさがあるから、
本音でしかもう接したくないのだよと思えた。

 

弱くてよかった。

弱いから、
人と支え合って生きていきたいと思えた。
弱いから、
補い合って生きていくんだと思えた。

 

傷ついてよかった。

傷ついたから、
ひとの痛みを少しだけ知ることができた。
傷ついたから、
命をいたわることの喜びを覚えた。

 

絶望があってよかった。


絶望があったから、
それでもなお笑える方へ舵を切る 知性と勇気を選ぼうと思えた。
絶望があったから、
それでもなお光の方を見ようという力に変えられた。

 

 

それでいい。

そのままでいい。

あなたが心から笑うとき、私は嬉しい。

 

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10/2 before sunrise @katase

 

 

 

"Humor is future."